三郷町生き生きクラブ連合会
(三生連・さんせいれん)

会長から

5人が休場

 大相撲夏場所、三役以上9名のうち5人が休場という前代未聞の事態となった。
 大の里は今日の大栄翔戦を乗り越えれば、初優勝に向けてこのままいきそうな情勢だ。ケガをしない限り、来場所も12勝は堅いだろう。
 そうすれば、秋場所は大関ということになる。霧島も来場所は10勝を挙げ秋場所は大関に復帰、6大関となる。そうなると、史上初だろう。

(令和6年5月19日 7:20)
蓮路苑

心 得

心 得

 とある人曰く、「人生で得をする人の特徴には、三つがある」と。なるほどと思いながらも、自らの行動を損得で考えるべきではないとも思った。

 その方が挙げた三つとは、「声が大きい」「返信・返答が早い」「先ず動く」である。

 私なりに咀嚼し、まとめてみた。

 

 声が大きい

 声は大きい方がよい。小さい声では、相手に真意が伝わらないことも多いだろう。しかし、適正音量というものがあり、ただ大きければよいというものではない。
 時と場所、目的によって適正音量は変わる。喫茶店やレストランなとでの大きい声は、他の人の迷惑になる。相手からも、「あの人に深い話は……」となってしまう。
 使い分けることが必要だ。リーダーとして指示・連絡をする場合、「ボソボソ……」では失格だ。

 カラオケ歌唱でも、上手な方はサビの部分では強く、他では語りかけるように唄っている。

 

 返信・返答が早い

 連絡を貰ったら、できるだけ早く返答することが求められる。もちろん、電話やメールを貰っても気が付かない場合がある。そのような時、気付いた段階で、すぐに返信する。それがマナーであり、人としての誠意というものだ。返信が極端に遅かったり、返信が無かったりすると、段々と「あの人に連絡しても……」となり疎遠になるだろう。関心が無いと判断されるのだ。「相手になりたくない」と思っている場合は別だ。

 拙速はダメだが、遅いのは話にならない。

 

 先ず動く

 何か事が生起したとき、「どう対処すればよいか、ああしようか、こうしようか」と思い悩む人が少なくない。 
 あれこれと迷ううちに、事態がますます深刻になることも多い。先ずは行動を起こし、動きながら考え修正すればよい。拙速は戒めなければならないが、行動が遅いのは最低だ。

 危機管理の重要性が常に叫ばれるが、危機管理は日ごろからの備えが出来ているかどうかにかかっていると言っても過言ではない。「備え」の元になるのが、自らが心身ともに健康であることだろう。

 事態が収束すれば、きちんと反省・総括をして、それを次に生かすことが求められる。

 

 まとめ

 煎じ詰めれば、やはり『論語』の次の章句に辿り着く。

 

〇己の欲せざる所、人に施すことなかれ

 

〇己立たんと欲して人を立て、己達せんと欲して人を達す

 

〇生を求めて以て仁を害する事無く、身を殺して以て仁を成すこと有り

 

 (令和6年5月18日 8:35)

「千代の光」 八分咲き
幹回り49㌢

皐月盆栽

 サツキの盆栽が七分咲きになった。19日(日)には満開になるだろう。

(令和6年5月17日 21:45)

大の里が

 注目の琴櫻と大の里の一戦は、右を差した大の里が一気に出て寄り切った。立ち合いの当たりは五分だったが、差してからの踏み込みが鋭かった。琴櫻は左上手をとったが、何も出来なかった。
 大の里が優勝すれば、名古屋場所は大関獲りの場所となる。名古屋において、12勝を挙げ準優勝以上であれば大関昇進濃厚だ。

(令和6年5月17日 18:15)

周章狼狽

 周章狼狽(しゅうしょうろうばい)は、「泰然自若」の対義語だ。予期しないことに出合って、ひどくあわてふためくことを言う。うろたえ騒ぐことだ。「周章」と「狼狽」は、どちらもあわてうろたえるという意味である。

「狽」は伝説上の獣で、前足が極端に短くて後足が長い。狽が狼の後ろに乗るようにして二頭は常に一緒に行動するとされる。離れると動けず倒れてしまうことから、うまくいかない意、あわてふためく意に用いる。「周章」に「狼狽」を添えて意味を強調している。

 右往左往」も、同義語である。

 

 現役の頃の話だが、学校には保護者や地域住民、議員なとが抗議や、ときには難癖と思われるような事をもって乗り込んで来られることがある。
 とある校長は、ふだんは教職員に対して偉そうにしているのに、そんなとき自らは対応せず、「不在と告げなさい」と言って校内を逃げ回ることがほとんどだったと……。
 周章狼狽、右往左往せず、そのような時こそきちんと対応をして収めるというのが長としての務めである。逃げては、教職員との信頼関係は醸成されない。保護者や地域住民からの協力を得ることも出来ない。

 日ごろから、何が起ころうと周章狼狽しないように心身を鍛え胆力を養い、準備を怠らず、天災・人災に備えることが求められる。そうすれば、「泰然自若」の境地に近づくことになるであろう。

 私は、保護者や地域住民、また議員などからの訴え・申し出については、三つに分類して即決即応に努めた。
 一つは、負担が大きくなっても学校独自でやれることについては「今日からやります」と、二つ目は「学校だけの力では無理です。保護者・地域の支援・協力を得て時間をかけて努めます。協力をお願いします。時間をください」である。三つ目は、「国や都道府県、市町村など行政で対応していただく案件です。学校としては、教育委員会に働きかけます。みなさんからも行政に訴えてください」と。とにかく、抗議、訴えには傾聴し、回答をすぐに返すことが求められる。聞くだけに終わっては、不信感が増幅する。

 抗議・訴えに訪れる人は、基本的に学校に関心のある人だ。チャンスと捉え即決即応に努めることによって、逆に「応援団」になっていただける。これは、民間企業においても同様だ。

 「意志あるところに道は開ける」、とにかく逃げないことが大事だ。


(令和6年5月17日 9:20)

今後を占う一戦

 大相撲夏場所、本日6日目、小結大の里が大関琴櫻に挑む。
 今場所の優勝は、今日の勝者になる可能性がひじょうに高い。そればかりでなく、私は今日勝った方が先に『横綱』に昇進するだろうと占う。
 大一番の熱戦に期待する。

(令和6年5月17日 5:30)


台風のような

 朝8時ごろから終日、台風のような強い風が吹き荒れた。
 低い位置に置いていた盆栽が、横倒しになった。幸い、被害は免れたが……。

(令和6年5月16日 18:45)

皐月盆栽

 サツキの盆栽は一鉢だけである。
 今日現在、四分咲きくらいだ。「千代の光」という品種で、根張りがとてもよい。幹回りは、49㌢である。
 3日後には、満開になるだろう。

(令和6年5月15日 20:40)
皐月「千代の光」
幹回り 49㌢

訂正

 会報『矍鑠』第27号(5/10発行)の巻頭言で、安堵町安寿会連合会の会員減少数を44名減としたが、正しくは22名の減である。昨日、安堵町安寿会連合会の松井会長から指摘された。お詫びして訂正する。

(令和6年5月15日 19:40)

論語に親しむ会

 本日の『三生連論語に親しむ会』第128回例会は、私自身少し疲れ気味だったが、みなさんと一緒に『素読』すると調子が戻った。
 受講者も大きい声で読むことが出来ている。

(令和6年5月15日 19:30)


更新確実

 ホームページへのアクセス数が、本日4300回を超えた。半月でのこの回数は、凄いとしか言いようが無い。
 月間記録を大幅に更新することは間違いない。

(令和6年5月15日 19:15)

郡生連会長会議

 夕刻から郡生連の会長会が開かれ、社会見学やカラオケ大会などの件を協議した。会長が関係を密にし懸案事項について協議することは、とても有意義である。
 とにかく、「生駒郡はひとつ」というスローガンを大切にし、絆を深めることが大事である。他の郡市には無いことである。

 話が全然変わり大相撲だが、高安の休場は残念至極である。調子がよかっただけに、本人が一番辛いだろう。

(令和6年5月14日 19:20)

 朝は気温が低かったが、今13時前だが日差しがとてもきつい。雑木盆栽(カエデ・モミジ・ケヤキなど)の葉焼けが心配される。午後は日陰になる場所など置き場所に工夫が必要だ。出来れば、10時以降は……。
 葉焼けさせると紅葉に支障が出るし、酷い場合は、枝枯れしてしまう。
 雑木が黒松などより手がかかると言われる所以だ。
 サツキの盆栽(千代の光)も1割程度開花してきた。この樹は、幹回りは49㌢ある。鉢に立てかけているハサミで、樹の大きさを感じてほしい。

 今夕は、生駒郡生き生きクラブ連合会の会長会がある。

(令和6年5月14日 13:00)

サツキ 「千代の光」
昨年5月20日
令和3年
令和3年

高安

 大分以前に「白鵬」が、「まともに相撲をとれば『高安』が一番強い」と言ったそうだ。
 昨日、今最も勢いに乗る「大の里」戦、相撲をとらせず圧倒した。
 期待されながら、まだ一度も優勝したことがない。今場所、ぜひ賜杯を抱いてほしい。

 阿炎も調子がよい。昨日は、豊昇龍を圧倒した。初日は負けたが、体はよく動いていた。期待したい。

(令和6年5月14日 5:10)

「敬意を」

 昨日のハイキング、14:30頃までずっと雨が降り続いた。そういう中であっても、参加者から不平不満、文句のひとつ出なかった。参加者全員に対して、敬意を表する。
 みなさんのご協力により何とか終えることができたが、、運営面で課題の多い行事となった。
 次に生かさなければならない。

 (令和6年5月14日 4:30)
一瞬傘を閉じて

 三生連のレベルの高さを改めて実感した「ハイキング」だった。
 解散直前まで降り続いた雨の中、愚痴をこぼさず、参加者は紳士・淑女の態度だった。敬意を表さずにはおれない。恨めしい雨であったのに、誰一人として不平不満を。大した方ばかりである。

 (令和6年5月13日 21:00)

大の里

 昨日の、大の里の相撲を何度も繰り返し観た。
 あの相撲を見る限り、九州場所には「大関」へ、来年春場所には「横綱」への昇進も夢では無い。琴櫻もうかうかしていると抜かれるかも知れない。そんな勢いを感じさせる相撲だった。

(令和6年5月13日 7:25)

雨中のハイク

 前線の移動が早くなり雨の上がるのを期待したが、叶わなかった。本日のハイキングは、少なくとも午前中、雨中となる。これだけは仕方が無い。
 もうすてに6名の欠席連絡があった(理由の多くは雨以外のことだが)。もしかしたら、もう少し欠席者が出るかも……。
 本日休まずに参加される方には、敬意を表したい。
 雨で緑は、一層生き生きとした様相を呈してくれるだろう。「雨もまた楽し」の心境で臨みたい。

(令和6年5月13日 7:15)

横綱・大関総崩れ

 大相撲夏場所(東京・両国国技館)が始まった。
 横綱・大関の全員(5人)が敗れた。初日としては、史上初ではないだろうか。

(令和6年5月12日 18:30)

3100回超

 昨日、今月の本ホームページへのアクセス数が、3100回を超えた。

 明日のハイキングは、雨天決行だ。電話等での問い合わせはしないでいただきたい。午後には、止むようだ。雨が降ると足元が辛いが、緑の鮮やかさは際立つ。
 昼食の予約は、キャンセルができない。「雨もまた楽し」の気持ちで参加しよう。

(令和6年5月12日 9:00)

ハイキングは雨か

 13日(月)は本連合会のハイキング(山の辺の道)だが、天気予報ではあいにく正午くらいまで雨のようだ。雨でも決行する。
 なんとか降らないでほしいと願うが、こればかりは……。

 本日の中之島図書館「論語塾」の受講者は、53名だった(75名登録)。

(令和6年5月11日 21:40)

『足立美術館庭園』と『蓮路苑』

 『足立美術館庭園』と『蓮路苑』

 自分の庭を持って約47年になる。26歳で建売の家(三郷町三室)を購入し約7年住んだ。そこも64坪あり一から庭づくりを楽しんだが、もちろん和風庭園だった。

 サツキに興味を持ち、盆栽のまねごとを始めた。「蓮路苑」と呼ぶ現在の庭は、サツキの刈り込み物を主体としているが、それらはこの時代に月刊誌を読み気に入ったポット苗を購入し育てたものばかりである。「筒井」駅近くの国道沿いに、サツキの専門店があった。ゆえに、赤一色では無い。現在大木となったハクモクレンやモミジ、椿なども、苗木から育てたものだ。購入した成木は、黒松と槙だけである。盆栽のまねごとと言ったが、東京での盆栽展にも夜行バスで通うなど、知識や技術の習得には貪欲であった。

 

 東信貴ケ丘へ

 現在の家は40年になるが、東信貴ケ丘で更地を購入して思いどおりの家を建てた。私の設計だ。妻もフルタイムで働いていたから出来た事である。三室の家から樹木も石も運んだ。これには事情があるが、話をすると長くなるのでここでは触れないで置く。

 家を建てたとき移した樹木や石に加え、石を新しくかなりの数入れた。すべて生駒石だ。経費が嵩んだ事は言うまでも無い。多額のローンを組んだが、我ながら大胆な事をしたと思う。ある程度の信用があれば、銀行はそれなりの額を貸してくれる時代だった。妻の両親を始め、身内の者は、さぞかし心配しただろう。

 庭の細部までとことん自らが設計した。景石の配置なども、一切妥協しなかった。それなりに勉強していたから出来たのだ。参考にしたのは、大和郡山の慈光院の庭園だ。何度も訪ねた。「大刈り物」に憧れをもった。

 ご存知のとおり、いい加減なところも多い性格だが賭け事は一切しない。当たり前だが、仕事も真面目にやってきた。運も味方したのだろう、50歳までにローンの支払いは終えた。妻の尽力に負うところが大きかったことは言うまでもない。

 

 足立美術館庭園

 さて、足立美術館庭園の事を知ったのは遅く、20年くらい前である。ただ実際に見学・鑑賞したのは10年くらい前だ。赤松とサツキの刈り込み物が印象的だった。私は手入れで植木業者の手を煩わせたことは現在まで一度も無く、コツコツと日本庭園としての格を上げてきた。黒松の手入れも盆栽で磨いたので本物である。
 足立美術館庭園の事を知ってすぐ頃に、主庭の大改造をした。苗木から育てて来たサツキを生かした庭にしていこうと考えたのだ。主庭からは、背の高い樹は取り除いた。尤も、大木に成長したモミジが道路側から大きく伸びて来ていい風情を醸し出しているが。

 7~8年でサツキの刈り込み物がいい感じになってくれることを想い描いたが、思ったより早く5~6年で想定に近いものになった。
 足立美術館庭園のサツキの刈り込み物を常に意識して来た。人には「足立美術館庭園に負けない庭を」と嘯いて来た。「何を阿呆なことを……」と笑われる方も少なく無い。もちろん、規模に天と地ほどの差があり、赤松も伊予の青石のひとつも無い。だが、手入れだけは負けたくないの思いで手入れをして来た。

 

 自慢の手入れ

 自慢できるのは、花が終わった後に刈り込はさみを使って刈り込むが、その後は大久保はさみなどの手はさみで徒長した芽を摘む。7月から10月末まで、そして春になって開花寸前までそれを繰り返す。7月末から8月中旬にかけてできる花芽を摘まないようにして、樹形を維持する。花芽ができてから後に、刈り込みはさみは使わないことを徹底するのだ。そして、2月中旬から10月末にかけて、8~9回の害虫予防のための薬剤散布を行う。そして、夏場はもちろん、冬場でも5日も晴天が続くならば、水やりを欠かさない。47年の経験から言うと、「花木は冬場の水やりが大事である」と思っている。

 聞くところによると、足立美術館庭園では、秋にも3月にも全体を軽く刈り込むと。年中、大勢の人が鑑賞に訪れる。「少しでも崩れた樹姿をお見せすることは出来ない」という方針からだ。樹形を重視するのだ。刈り込み物の名庭園と呼ばれる所は、同様である。ゆえに、花どきに2~3割しか花をつけない。
 蓮路苑では、姿や形も美しく、びっしりと花をつける。これは、他のツツジ(ヒラド、キリシマ、クルメ)も同様である。「足立美術館庭園に負けない庭を」が実践出来ているのだ。

 20代で庭いじりを始めたときから、それなりにずっと学び続けて来た。樹木について、庭づくについて。何の資格も持たないが、手入れに関しては並みの庭師よりは数ランク上の自負がある。

 サツキは見ごろに

 いよいよ今年もサツキの見ごろが近づいて来た。15日頃からが見ごろだが、赤一色では無いので見ごろは25日頃まで続く。お近くにお越しの節はお寄りいただければと思う。千客万来だ。なお、「蓮路苑」の由来だが、蓮路は私の号である。私のペンネームは、伊豫於 蓮路(いよお れんじ)だ。

 

(令和6年5月11日 4:30)

蓮路苑
足立美術館庭園
蓮路苑
蓮路苑 手前はクルメツツジ 奥はキリシマツツジ

精進に努める

 明日は中之島図書館での「論語塾」だ。9年目に入っており、137回目となる。三生連での講義など、他の講義を含めると630回となる。
 千回をめざしているが、道半ばである。今のペースでいけば、85歳くらいで達成できる見込みだ。私も学んでいる大阪狭山市で開かれている『南河内照隅会』の山本塾長は現在88歳、『論語教育普及機構』の加地氏も88歳である。
 私にとっても、可能性は無限だろう。精進に努め、飽くこと無く可能性を追求する。そのためにも、摂生に努め学び続けなければならない。

(令和6年5月10日 19:00)
蓮路苑のサツキ 見ごろ近し
蓮路苑
蓮路苑

『矍鑠』第27号 後記

照 隅 今号は最多の20頁となった。頁数が多ければよいというものではなく、内容が肝心だ。向上に努める。折や綴じ、製本作業は、全役員の共同作業で行う。制作には、結構、手間暇がかかっている。お読みいただきたい▼年度末、年度初めは、「やらなければならないこと」が山積する。手をこまねいていると溜まり大変な事になる。てきぱきと片づけ、会のために少しでも役立っていると思うとき、喜びを感じる。苦労が大きければ大きいほど、その喜びは大きい。論語・雍也篇に『之を知る者は、之を好む者に如かず。之を好む者は、之を楽しむ者に如かず』【頭だけで知る者は、好んでやる者には及ばない。好んでやる者は、楽しんでやる者には及ばない】と。何でも楽しんでやれるようになれば、言うこと無しだ▼本連合会の業務も、省力化(スリム化)していくことが求められる。そうしないと、次期会長の担い手が見つからない。とにかく、後継者探しは末端の支部のみならず、三生連本部においても喫緊の課題である▼ツツジが終わり、そろそろサツキが見ごろを迎えようとしている(サツキもツツジだが)。私にとっては、「庭いじり」が大きな生きがいでもある。たまに嫌なことがあっても、庭に出れば気分はたちまち爽快となる。3月に『庭門』を新調したが、檜皮に苔が生じ庭に馴染むようになるには10年はかかりそうだ。それまでは元気でいたいものだ。いや、90歳までは脚立の上に立つつもりだ。もちろん電動のトリマー(バリカン)などを使うつもりはない。前庭のクロマツの調子が頗(すこぶ)るよい。拙庭に植えて47年になるが、手入れで誰にも触らせたことがない。年々、樹格が上がっていると悦に入る。永年、あまり上手でない職人の手を煩わせていると、年々、樹格を下げてしまうことも多々ある。そういったクロマツがあちらこちらに……。尤も「お宅のクロマツの事ですよ」などとは、口が裂けても▼仕事であれ、趣味であれ、現状に甘んじては進歩が無い。常に上をめざして、学び続けることが求められる。「キープ・チャレンジング・マイセルフ」だ。大阪・中之島図書館での論語塾で講師を務めているが、9年目に入り受講者数だけは日本一と言われるようになった。「内容でも一番だ」と言われたいが、そのためにも、反省をもとに、学びに磨きをかける必要が。論語塾を運営する会社が、出席者に毎回アンケートをとる。それによれば、常に満足度80%強を維持している。4月は、87%を記録した。受講者のニーズに沿っていると言えなくもない▼春爛漫、百花繚乱である。何処を歩いても新緑が美しい。月末からは、サツキなどの剪定も始まる。刈り込みハサミの研ぎは終え、準備万端。盆栽の生育も順調だ。今年も秋の文化祭には、数鉢を出展する。

(5/10発行 「矍鑠」第27号から)

「矍鑠」第27号巻頭言

 5年ぶりに総会を開催

 

 令和6年度がスタートした。

4月23日に主賓として木谷 慎一郎 新町長をお迎えし、5年ぶりに「総会」を開催した。「生駒郡生き生きクラブ連合会」松井会長のご出席も賜った。多数の会員にご出席いただいた中、初めての試みとして、酒井 久夫 (毅朴会会長)氏による『講演』の時間もとった。『楽しく生きるヒント』をテーマに、示唆に富んだお話であった。

 さて、早いもので会長として6年目に入った。「光陰箭の如し」である。惰性に流れることなく誠心誠意努める覚悟に、揺るぎは無い。「三生連」の結束をさらに図り、飛躍の年にする。

会員の皆様には、これまでにも増してご協力を賜りたい。よろしくお願い申し上げる。

  

 第1回支部長会

 4月5日に、本連合会の最高議決機関である『支部長会』の今年度第一回を開き、別掲のとおり、決算・予算等が承認された。

 コロナ禍は完全に一掃されたわけではないが、マスク着用の義務がごく一部を除いて無くなったことはうれしい限りだ。何かと活動しやすくなった。

 支部長の皆様には、いつも何かとお世話をお掛けしているが、なお一層のご支援とご協力を仰ぎたい。

 

 会員数は725名

 3月末日をもって、「サンクラブ」(会員8名)と勢野第一(19名)の両支部が解散となった。大きな痛手だ。「支部長の後継者が居ない」ということが主な理由である。他支部との合併も模索したが叶わなかった。一部の会員は、直属会員となられた。他の方もぜひそのようにと願う。 

 4月1日現在の本連合会の会員数は、725名(男316名 女409名)となった。昨年比68名の減である。減少数は、生駒郡4町で最も大きかった(安堵町44名・平群町53名・斑鳩町44名)。会員減は、甚だ残念なことだ。なお、支部別の会員数は別掲のとおりだ。

 

 会  旗

 総会では、壇上背景に国旗・町旗と並べて2年前に制作した会旗を掲げた。これまで支部長会や「友愛のつどい」の折には披露してきたが、総会では初めてだった。どの市町村連合会も「会旗くらいは……」と思うが、県老連も持たないようだ。見たことがない。

 覚えておいでだろうか9年前までは、総会時に国旗を掲揚していなかった。国歌斉唱もなかった。私は支部長として出席したが、大勢が出席しているのに「締まりのない総会」というのが印象だった。

 

 顧問の片岡 雅基 氏退任

 片岡 顧問が3月末をもって退任された。副会長1年・会長4年・顧問11年の計16年の永きに亘って、本連合会の発展に尽力された。まだまだご健勝なので慰留に努めたが、90歳を節目としたいということだった

 総会において、感謝状と功労金を授与した。なお、カラオケ同好会「さけび」の代表は今後も続けられる。よって、郡生連のカラオケ大会等ではあの美声を引き続きお聞かせいただける。氏のますますのご活躍を祈りたい。

 

 支部長交代 

 三室支部で、支部長の交代があった。

三室支部

 中尾 謹三

   ↓

 山口  明

          (敬称略)

 退任された中尾氏には、これまでのご尽力に対し心からの慰労と御礼を申し上げる。「もっともっと引き続き支部長を」と思ったが、三室寿クラブの会則が許さなかったのだろう。

 そのような中、5日の支部長会で山口新支部長から会則の改定が為されたことをお聞きした。中尾前支部長のご英断に拍手する。これで意欲のある人は継続できるようになった。中尾氏の見事な置き土産である。総会時にお会いできたが、私がバタバタしていたので挨拶を交わすのみだった。

 

 「本部直属会員制度」

 先にも触れたが、住んでいる地域に支部が無い方などの受け皿として、令和4年度から「本部直属会員制度」を設けた。希望者は年会費千円を納めて、三生連本部に直属会員として登録していただく。会員としての権利をすべて有するが、「支部長会」には出席できない。なお、在住地区の支部を退会して直属会員になろうとする場合は、本部「役員会」の承認を必要とする。

 新規に三人の方が直属会員となられた(4/1現在)。今後増えるだろう。

 

 『矍鑠』の名称は定着

 本会報の名称は、第2号から『矍鑠』とした。当時副会長で2代目編集長となった私が提案した。パッと見て聞いて、三生連(当時は三老連)の会報とすぐに分かるインパクトのあるものがよいと考えた。

 『矍鑠』の語源・由来は、意味・歳をとっても丈夫で元気のよいさま。 

 出典・後漢書(ごかんじょ)の馬援伝

 

 古代中国において、62歳という当時としては高齢(現在で言えば、80歳代か)の馬援が敵陣に立とうと光武帝に申し出たが、帝は老齢を気遣い許さなかった。元気だった馬援は甲冑をつけて馬に乗り、威勢を誇示したところ、光武帝は「矍鑠たるかなこの翁は」と感嘆したという故事から来ている。

 矍は、眼をきょろきょろさせ、素早く反応するさま。鑠は、輝くさま、あるいは、生き生きして元気がよいさまである。

 改称に当たって、一部の方が反対された。「難し過ぎる」「馴染まない」「ひらがな、あるいはカタカナがよい」などと言われたが、納得できる合理的な理由では無かった。私は「…だより」とか「…ニュース」とか、「安易で芸の無いもの」は好まなかった。『矍鑠』は最初は馴染まなくとも、一年、二年と経つうちに必ず馴染んでくるとの確信があった。であるから、反対意見をある種強引に押し切った。今号で27号となったが、結果は言わずもがなである。

 現在、郡内、県内はもとより、県外の方からも、「『矍鑠』とは大したネーミングだ」との声を多く耳にする。月日を経るごとに馴染み、確実に定着したと思われる。当時反対された方は、今どのようにお思いだろうか。

 さて、私はしばらく編集から離れていたが、お気づきのとおり、今号から再登板した。これまでご尽力をいただいた大浦 幹文編集長(副会長)には、心からご慰労申し上げる。

 今後も「よりよき」をめざして努める。会員諸氏の積極的な寄稿に期待する、

 

 会報のカラー刷りは

 より鮮やかに、会員の皆様がより読みやすいようにと、今号からカラー刷りにしようと模索した。結論から申し上げると、残念であるが断念せざるを得なかった。経費の問題である。

 会報『矍鑠』は、第2号から町文化センター印刷室の輪転機を使わせて貰っている。とても有り難いことだ。昨年度までは、使用料はセンターのご好意で無料だ。町内の高齢者のためにボランティアとして努めていることを評価していただいているのだろう。カラー刷りに当たっては、インク代をお支払いしようと町社会福祉協議会の事務局長補佐に試算して貰ったが、枚数が多いだけに、予想以上の金額となった。とてもお支払いできるような額では無かった。おうちでプリンターを使用されている方はご存知のとおり、インクはとても高価である。業務用輪転機の場合は、想像以上となる。

 会員の皆様に今号からカラー刷りの「矍鑠」をお読みいただければと考えたが、叶わなかった。残念だが仕方がない。

 今までどおり白黒だが、編集子をはじめ役員は「よりよき会報」をめざしてこれまで以上に汗をかくつもりである。会員のご協力を得て、他に誇れる、羨ましがられる会報にしていく。なお、今年度、『矍鑠』は年4回の発行とする。どしどし、寄稿願いたい。今号は、お陰様で20頁となった。 

 

 春のハイキング

 12月5日に「社会見学」と合併して実施した昨年度の「秋のハイキング」は、とても好評だった。今年度も秋は、あのような形で実施できればと考えている。

 春のハイキングは開催日が迫っているが(5月13日・参加申込者29名)、『山の辺の道』を歩く、参加者全員の協力で以て楽しい行事にしたい。好天になることを祈る。

 

 三生連のホームページ

 三生連のホームページを立ち上げて5年になる。多くの方がスマホをお持ちであるのに、まだ一度も、「三生連のホームページ」をのぞいたことがないという会員が多いのは残念だ。『会長から』などを、できるだけ更新するように努めている。ぜひお訪ねいただきたい。初めてだという方向けに訪ね方を説明する。

➀ 音声入力で「三郷町生き生きクラブ連合会」と検索する。もちろん、文字入力でもよい。

➁ 「三郷町生き生きクラブ連合会」と出てきたら、それをクリ

ックする。

➂ 三生連の説明をずっと下げていくと、「News」や「会長挨拶」「事業方針」などが出て来る。

➃ 今度は、一番上まで戻る。

➄ 左の上の方に「Menu」が出ているので、これをクリックする。 

➅ すると、縦にメニューが出て来る。ここで興味のあるものを見ていただく。ほぼ毎日更新しているのは「会長から」である。

➆ この要領で、「Menu」からお好きなものを選んでいただく。

 わりと簡単である。時間のあるときに、ご覧いただきたい。今回の説明を見ても分からないという方は、分かる方にお聞きするのが早い。尋ねられた方は、面倒臭がらずにご教授を……。

 

 町文化祭に多数の出展を

 前号でもお願いしたが、毎年、秋に開催される「町の文化祭」に一人でも多くの方の出展を強く希望する。衰退しつつあるとも言える「町の文化祭」を、『三生連』が核となって昔のような賑わいを取り戻す。

 協力の度合いが特に顕著な支部には、何らかの形で厚遇したいと考えている。総会出席者の会員比割合の高かった支部にに対しても同様だ。

 文化祭への出展については、今現在すでに前向きで建設的な意見・要望をいただいている。有難いことだ。

 

 新町長を表敬訪問

 4月2日午後、木谷 慎一郎 新町長の就任お祝いのご挨拶のため、恒川副会長とともに町長室にお訪ねした。

 先ずは、当選お祝いを申し上げた後、本連合会の現況をご説明した。その後、幾つか要望をお伝えした。

 新町長には、前町長以上に、「高齢者福祉の充実」に努めていただけるだろうと期待している。とても有意義な訪問になったと思う。

(5/10発行 会報「矍鑠」第27号 巻頭言から)

令和6年度総会

2200回超

 本日、今月のアクセス数が2200回に達した。

(令和6年5月8日 17:35)

会報第27号完成

 本日、会報「矍鑠」第27号の製本作業を、役員・顧問で行った。
 支部長には、お手数だが会員への配布をお願いする。発行日は、5月10日としている。なお、次号は8月初旬の発行予定だ。会員の皆さんからの積極的な寄稿に期待する。

(令和6年5月8日 17:25)

会報印刷

 午後から恒川・西村両副会長と会報『矍鑠』の印刷を行った。
 私のミスもあり、3時間も要した。尤も A3 5枚裏表、3,500枚なので、簡単な作業ではないのだが。
 明日は、折り・綴じなどの作業が待っている。印刷に至る前の原稿集め、編集作業も簡単ではない。会報の作成は、結構大変な労力を要する。
 しかし、そういった苦労も、しっかりお読みいただければ報われるというものだ。
 今回は20ページである。お楽しみに。

(令和6年5月7日 19:30)
足立美術館 庭園
蓮路苑
足立美術館 庭園
蓮路苑

会報第27号

 役員並びに顧問の方に連絡

 予定どおり、明日(8日)13時30分から会報「矍鑠」第27号の製本及び支部への仕分け作業を実施する。
 お手数をお掛けするが、ご協力をお願いする。

(令和6年5月7日 7:10)

再び雨

 6時前から雨が止み、ラジオ体操は外で出来た。だが、終わった直後から再度降り出し、傘を持参していなかったので濡れてしまった。
 体操が外で出来たのでよしとしたい。

(令和6年5月7日 6:55)
足立美術館 庭園
蓮路苑

会報印刷

 現在、小雨が。予想していなかった。早い時間に止むのだろうか。
 今日は午後から、会報「矍鑠」第27号の印刷をする。
 スムーズに進むことを願う。

(令和6年5月7日 5:20)

 

明日ご退院

 先月24日から入院加療中だった本連合会の理事が、明日退院できることになった。全会員で、順調な回復を喜びたい。
 帰宅後も無理をされず、静養(療養)に努めていただきたい。

(令和6年5月6日 18:05)
 

今日は雨か

 いい天気が続いたが、今日は雨のようだ。今のところ降っていない。ラジオ体操が終わるまでもってほしい。

(令和6年5月6日 5:55)

空海展

 空海の生誕1250年を記念して、奈良国立博物館で『空海展』が開催中だ(4/13~6/9)。本日、鑑賞して来た。

 近鉄奈良駅から東大寺方面にかけての人込みは尋常では無かった。8割は外国人のような気がした。白人が多い。昨今の来日客の特徴は、白人が多いことだ。「戎橋筋」や「心斎橋筋」でも同様だ。

 秋の『正倉院展』では1時間くらい並ぶのは普通であり、「今日も40分くらいは……」と覚悟したが、意外にも10分程度で入場できた。館内は、かなりの人だったが。

 他の事と同様、空海(774~835年)についても私は勉強不足で、これまで人並みにしか知らなかった。『遣唐使の一員として中国で仏教を学び、それを持ち帰って真言宗の祖として仏教を広めた。高野山も開いた。能筆家としての名声も高く、「三筆」として現代でも称えられている。最澄に宛てた手紙として遺る国宝『風信帖』(ふうしんじょう)は、中学校の教科書にも出てきた。後世の人が弘法大師と呼んだ』といった程度だった。

 

 本展のホームページには、

 「虚空尽き、衆生尽き、涅槃尽きなば、わが願いも尽きなん。」(『性霊集』巻第八)(この世の全ての物が消滅し、仏法の世界が尽きるまで、私は人々が救われることを願い続ける)

 「衆生救済を願った空海が人々を救うためにたどり着いたのは密教だった。空海は中国・唐にわたり、師匠の恵果(けいか)から密教のすべてを受け継いだと言われる。密教がシルクロードを経由し東アジア諸地域、そして日本に至った伝来の軌跡をたどることにより、空海が日本にもたらした密教の全貌を解き明かす。また、多数の仏像や仏画により、空海が「目で見てわかる」ことを強調した密教の「マンダラ空間」を再現するとともに、各地で守り伝えられてきたゆかりの至宝を一堂に展示し、空海と真言密教の魅力を紹介する」と。

 ウィキペディアには、『天台宗の開祖最澄と共に、日本仏教の大勢が今日称される奈良仏教から平安仏教へと転換していく流れの先頭に位置し、中国より真言密教をもたらした。能書家でもあり、嵯峨天皇橘逸勢(たちばなのはやなり)と共に「三筆」のひとりに数えられている。仏教において、北伝仏教の大潮流である大乗仏教の中で、ヒンドゥー教の影響も取り込む形で誕生・発展した密教シルクロードを経て中国に伝わった後、中国で伝授を受けた奥義や経典・曼荼羅などを、体系立てた形で日本に伝来させた人物でもある』と。

 

 空海は、香川県で生まれたという説が有力で、14歳のときに平城京に上り、論語・孝経などを学んだ。その後の修行についてはさまざまな説があるが。31歳のときに遣唐使の一員として入唐した。その直前に得度したという説が有力である。このときの遣唐使の一行には、この時期すでに当時の仏教界に確固たる地位を築いていた最澄もいたが、空海はまったく無名であった。
 

 本日は、約90分をかけて鑑賞見学した。最近何かと忘れっぽくなり、家人から「お父さん、大丈夫」と『認知症』を疑われている。そのような私の大脳では、なかなか「眼からうろこ」のようには深くは理解できない。だが、最近何かで知ったが、2~3ヵ月に一度は美術館や博物館、コンサートなどに出掛けることがボケの進行に多少なりブレーキをかけることになると……。「庭いじり」や「菜園づくり」も有効だろうが、これに加えて文化的な刺激も大事であることに疑いの余地はないだろう。電車に乗って出かけるのは億劫だが、たまには出かけて行かねばと思うのである。

 記している最中、妻から声がかかった、「くうかい」と。夕食の位置に着けと言う合図だろうが、自らが出展した美術展に行かず「空海展」に赴いた皮肉だろう。 

 

(令和6年5月5日 18:45)

ここだけが撮影可
奈良国立博物館の庭
風信帖 「ウィキペディア」から

紫陽花

 アジサイの色づくのはまだ先だが、花が目立ってきた。
 紫蘭が、今美しい。

(令和6年5月5日 8:50)

アジサイ(墨田の花火)
白の紫蘭

のべおか

 昨日は奈良市内で最高気温が30度を記録したと、三郷町でも28度くらいを記録したのだろう。
 「ダイヤモンドゲーム」と銘打った長距離レースに特化した競技会が、昨日、延岡(宮崎)開かれた。35回目の開催であった。
 ユーチューブで実況中継されたが、17時半から22時まで延々と観た。5000㍍のレース男子8組、女子2組の、計10レースである。
 テレビを独占したので、家人から顰蹙を買った。もっとも、妻も少しは興味を持っているので、時々は見ていたが。

(令和6年5月5日 5:45)

3日で1100回超

 今月の本ホームページへのアクセス数は、3日で1100回を超えた。1日が364回、2日350回、昨日は396回だった。
 驚くべき数である。

(令和6年5月4日  8:15)

みどりの日

 4連休の2日目「みどりの日」、今日明日、快晴だ。国旗も青空に映える。
 サツキの花の蕾も目立ってきた。一部は咲き始めた。

(令和6年5月4日 8:00)
下の白い花は白の紫ラン

昨夜の1万

 昨夜の日本選手権1万㍍は、好調が伝わっていた葛西(旭化成)が歴代4位の好記録で勝った。社会人2年目だが、学生時代から堅実でクレバーな走りが際立っていた。いずれマラソン五輪代表として活躍するだろう。
 3位には東京農大の前田が入った。学生新記録だった。こちらも将来性豊かである。
 今日明日と延岡(宮崎)で、恒例のゴールデンゲームズという大会が開かれる。昨日は出場しなかった(出来なかった)選手が目白押し、こちらでも好記録が続出しそうだ。ユーチューブで生中継される。

(令和6年5月4日 5:48)

挿し木

 つい先日、先輩役員が拙庭の平戸ツツジ(白)の挿し木をしたいと言われるのでお手伝いした。
 80歳を超えても、これから挿し木をして自宅の庭をより豊かにしようという心意気に強く打たれた。こういった方は、「認知症」などといったものとは無縁だろう。
 私も「認知症」を追いやることを兼ねて、本日、私も白とピンクの平戸ツツジ30本を挿した。うまく根を張り、順調に生長してくれることを願う。午前中には、平戸ツツジの剪定もした。

(令和6年5月3日 16:20)
挿し木の一部
選定した平戸つつじ
平戸ツツジ

1万 日本選手権

 今夜、男女1万㍍の日本選手権が行われる。19時25分からNHKテレビで実況中継がある。パリ五輪の代表が、絞られる。お見逃しなく。

(令和6年5月3日 5:45)

その後の

 4/25に病で手術をお受けになられた本連合会役員のその後の経過だが、順調との事、うれしい限りだ。
 病室でも、本ホームページをご覧いただいているようだ。近いうちにお元気な顔を見せていただけそうである。本当によかった。

(令和6年5月2日 20:35)

焼肉

 大阪市内に住む妻側の姪の旦那が訪ねてくれた。それも「焼き肉をしましょう」と上等の肉とコンロまで持参して。
 天気もよかったので、焼き肉は庭でやりたかったが、妻の希望で家の中でやることになった。「食材等を運ぶのに便利だから」との理由だ。
 牛タンやハラミなどを腹一杯食した。キャベツ・ニンジン・玉ねぎ・もやしなど、野菜もふんだんに。その後、デザートを楽しみ、コーヒーなどを飲みながら、政治・経済など多岐に亘って語り合った。10時半前から17時前まで、6時間半の長時間に及んだ。年齢は二回り以上違うが、ウマが合うというか、合わしてくれているというか……。とても愉快な時間を過ごせた。

(令和6年5月2日 19:00)

ひととおり

 年度当初、総会も開かぬばならないし、いろいろの報告書等を各方面に提出する必要がある。
 昨日、ひととおりを終えることができた。やれやれといったところだ。

(令和6年5月2日 9:30)

霧ケ峰の冷気

 快晴だ。冷気が気持ちよかった。
 学生時代、夏の合宿練習で信州「霧ケ峰」を訪れた。早朝、薄っすらと霧がかかり心地よい冷気の中、朝練習で走った。今朝、その時のことを思い出した。53~54年前の事だ。
 今改めて振り返れば、贅沢な事をさせてもらったと……。思慮が浅く、そのようにできることに当時は感謝の念が薄かった。親から費用を出して貰ったからこそ合宿に参加できたのに、当り前のように思っていた自分が恥ずかしい。もっと感謝の気持ちを持ってトレーニングに打ち込んでいたならば、さらに上をめざせただろう。
 この年齢になって、改めて両親に感謝している。

(令和6年5月2日 9:30)

雨多し

 今年は、雨の日が多い。
 例年、3月は雨量が多いが、今年は2月も4月も多かった。雨の降る朝、ラジオ体操は自治会館の中で行うことになるが、今年は圧倒的に多かった。
 庭に直径約60㌢、高さ約90㌢くらいの瓶を置いてあるが、雨で約8割の高さまで溜まっている。この季節、例年は20㌢程度だ。
 雨は植物にも人間にも欠かせないが、こう雨が多いとうんざりだ。昨日も雨量は大したこと無かったが、間断なく降り続いた。であるから、庭いじりが滞った。まだ夜が明け切っていないが、今日は晴れのようだ。

(令和6年5月日 5:00)

過去最高

 4月の本ホームページへのアクセス数は5224回で、過去最高となった。
 1日平均174回、喜ぶべき数字だ。

(令和6年5月1日 8:20)

午前様

 昨夜は先輩友人と「布施」で待ち合わせ会食を。久しぶりに、帰宅は午前様になった。ゆえに、早起きしての「ラジオ体操会」はきつかった。
 クルメツツジも終わり、明日くらいには剪定を予定している。

 (令和6年5月1日 8:05)
久留米ツツジ

皆勤賞

 「ラジオ体操会」の今月の皆勤者は、10名だった。その中には、米国人のイーサン・ストレブローさんが含まれている。先月末から参加するようになり、早速の「皆勤賞」だ。
 意思の強さに感服、そして、礼儀正しさに敬服する。大した人だ。見習いたい。なお、今月山崎さんが「参加3000回」を達成された。記念品が、「東信貴ケ丘福寿会」から贈られた。3000回達成は、二人目だ。

(令和6年4月30日 7:40)

五輪出場権

 サッカーのパリ五輪出場権をかけた大会の準決勝で、イラクを2-0で破り出場権を獲得した。
 本大会での活躍に期待する。

(令和6年4月30日 5:10)

昭和の日

 本日は「昭和の日」だ。
 昭和の前半は「天長節」(昭和2年〜22年)、その後は「天皇誕生日」(昭和23年〜63年)、昭和天皇崩御後は自然の恩恵に感謝する「みどりの日」(平成元年〜平成17年)になり、さらに「昭和の日」(平成19年〜)と変わった。

 「天長節」と呼ばれた天皇誕生日

昭和前半まで天皇誕生日は「天長節」と呼ばれていた。「天は長く地は久し」(老子)からとった言葉で、天地が永久であるように天皇の治世も続くようにという意味が込められている。天皇誕生日を天長節として祝う慣習は8世紀から続く伝統だった。そのため天長節は、明治天皇の誕生日(11月3日)、大正天皇の誕生日(8月31日)、そして昭和天皇の誕生日(4月29日)という具合に天皇が代替わりすると日付が変わった。

 自然の恩恵に感謝する日

 昭和23年に国民の祝日に関する法律が制定されると、それまで「天長節」と呼ばれた日が「天皇誕生日」に改められた。
 昭和天皇が崩御されると、天皇誕生日は明仁上皇の誕生日(12月23日)に移動した。それまでの天皇誕生日だった4月29日は「みどりの日」という祝日になった。祝日法に「自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ」と定められた。

 

 昭和の時代を顧み、将来に思いをいたす

 

 「みどりの日」は、平成17年の祝日法改正で「昭和の日」に改められ、平成19年から施行された。
 「昭和の日」は「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」と祝日法に定められている。戦前の「天長節」から数えると3回目の名称変更である。

 玉突きで押し出された「みどりの日」

 18年間続いた「みどりの日」は、玉突きで押し出されたかっこうで54日に移動した。
 後ろに5日移動しても新緑の季節であることに変わりない。新緑がまぶしい季節を迎えるこの時季は、例年「みどりの月間」として、身近な緑や森林に親しんでもらえるようさまざまな緑化行事が行われていた。
 日中はまずまずの天気だ。外に出て、新緑のまぶしさを満喫しよう。

(令和6年4月29日 10:05)

製本作業

 5/8  13時30分から「町福祉保健センター」大広間で、会報『矍鑠』第28号の製本作業を行う。いつも役員・顧問で行っているが、今回は所用で欠席する方が多い。
 今号は20頁と、いつもより多い。支部長などで都合のつく方は、お手伝いいただければ有難い。
 ご協力いただける方は、当日、直接お越しいただけばと思う。

(令和6年4月29日 9:30)

事務所は

 本連合会の事務所は昨日から5/6まで閉所中、御用の方は5/7以後にお越しを。
 春のハイキング(5/13)への申し込みは、29名だった。
 会報28号は5/10の発行、5/8 16時から引き取り可能だ。支部長は、引き取りをよろしく。

(令和6年4月28日 4:40)
平戸ツツジ
右側 モミジ
平戸つつじ

キリシマツツジの剪定

 本日午前、キリシマツツジの剪定をした。クルメツツジも花の盛りを過ぎた。明後日くらいには剪定を……。

(令和6年4月27日 20:40)

カラオケ大会の開会式

 昨日の「郡生連役員会」で、カラオケ大会の開会式の際、極端に観衆が少ないことについて対応策を考えようと、いろいろと意見が出た。昨日はまとまらなかったが、「会長会」でたたき台を作り7月の役員会に諮ることが決まった。

(令和6年4月27日 20:30)

4町連合会の会員数

 昨日の郡生連役員会で、各町連合会の4/1現在の会員数が判明した。下記のとおりである。
 残念ながら、本連合会の減少が最も大きかった。次は汚名を返上したい。

 三郷町 725名 ( 68名減)
 安堵町   783名 ( 20名減)
 平群町 1827名 ( 53名減)
 斑鳩町   641名 ( 44名減)

  計    3976名 (185名減)

(令和6年4月27日 12:25)


郡生連役員会

 昨日、郡生連の役員会が開かれ、事業報告・決算、事業計画・予算を審議した。決算で一部計算ミスがあったが、修正し、すべて承認された。

(令和6年4月27日 5:15)

困知勉行

 中国の古典『中庸』では、人はうまれついた能力によって修養に「生知安行」「学知利行」「困知勉行」の三段階があるとされる。
 この三つは道が違うのみで結果は同じであるから、才能の劣った者でも大いに努力すべきであるとも言われる。

 素質に恵まれているのは幸いなことだが、生まれてから後に如何に「努力」を積み上げていくかが人生において、より大事であると考える。
 素質に恵まれていてもそれに安住して努力を怠ったり、それを他者のために生かさない人が多いのではないか。

 「生知安行」「学知利行」「困知勉行」、三つそれぞれについて記す。


 生知安行(せいちあんこう)
 

 生まれながらにして、人の履み行うべき道を熟知し、心安んじてそれを行うこと。

 「生知」は、生まれつき仁道を理解していること。「安行」は、心安んじて行うこと。また何の努力もせずに道を行う意。

 

 学知利行(がくちりこう) 

 人が履み行うべき道を、生まれてから後に学んで理解し、そのよさを認め、意識的に仁道を実践すること。

 「学知」は道を学び習って知ること。「利行」は役に立つと認めて実行する意。 

 

 困知勉行(こんちべんこう) 

 苦しんで学び、努力して物事を実行すること。

 「困知」は、「苦しみて知る」意で、才能が聡明でないために心を苦しめて悩み抜いたあげくにやっと知ることができること。

 「勉行」は、ひたすらに努力を重ねて実践すること。  

  何れも『中庸』から

 物事がうまく行かなくとも、挫けず諦めることなく、不撓不屈の精神で努力し続けることが大事だ。

 「困知勉行」の姿勢を忘れず、保ち続ける。そうありたい。

(令和6年4月26日 18:45)

黄砂

 本日もいい天気だが、黄砂が酷い。
 中国には毎年、「軍事費の三分の一程度を黄砂対策に回せ」と言いたい。

(令和6年4月26日 8:20)

早い回復を

 昨日手術を受けた先輩役員だが、手術は首尾よく進んだことと思う。夜中、麻酔が切れた後、痛んだことだろう。
 術後回復が順調にいくことをお祈りいる。

(令和6年4月26日 5:30)

校了

 10日発行予定の会報「矍鑠」27号は、昨日校了(校正終了)。印刷は、5/7午後に。5/8午前に折りを、午後から全員で製本発送作業を実施予定。

 本日午後から安堵町で、「郡生連役員会議」が。県老連への報告書も山積、『総会』は終えたが……。

(令和6年4月26日 4:50)

炎の責任感

 本連合会の役員のお一人(小生よりも6歳上)が、大病で昨日から入院された。もしかしたら、本日手術を受けられるのかも……。
 そのような状況であるのに、気丈にも一昨日の総会には出席され、壇上に立たれた。炎のような責任感をお持ちだ。驚くことに、5/13の「ハイキング」にも申し込まれている。まさに、『己立たんと欲して人を立て、己達せんと欲して人を達す』である。
 このように気力が充実しているので、間違いなく病魔は消し飛んでいくことだろう。
 早い回復を心から祈念する。役員・顧問一同、同様の思いだ。

(令和6年4月25日 5:10)

青空

 今日は久しぶりに、一面の青空を見ることができそうだ。
 早咲きのサツキが、ぼちぼち咲いて来始めた。モミジの新葉が美しい。

(令和6年4月25日 4:40)
4/25 6時頃

盆栽と鉢植えの違い

 盆栽と鉢植えの違い

 庭いじりなどをしない人は、「盆栽と鉢植えの違いについて説明を」と言われても難しいだろう。
 盆栽も鉢植えも、「植物を鉢に入れて鑑賞する」という点では同じだ。では、その違いとは何か。

 鉢植えは、草花、樹木、全てに適用し、あくまでも「植物」が主役となる。 それに対して「盆栽」は、鉢を含めた全ての景色を大自然として投影し、景色そのものを楽しむものである。自然というものは、必ずしも美しく綺麗なものとは限らない。時に枯れた枝があり、造形的に美しくない場合も少なからずある。そこに存在するのは、確実に木々が経てきた「時間」そのものでもある。 

盆栽は、「植物と鉢を含めた景色をデザインすること」とも言える。盆栽の要件は、樹木を鉢に植えて自然の景色を表現するために美しく仕立てることだろう。  
 樹木をただ鉢に植えただけだと「鉢植え」だが、そこから手を加え、形を整えて、大きな自然を小さな鉢の中に再現していく作品が「盆栽」である。

 初めから「盆栽」としてスタートする樹は、ごく稀だ。最初は鉢植えとして出発し、人が丁寧に手を入れていくことにより、徐々に盆栽としての要件を満たしていく。盆栽においては、まったく同じ親から生まれた植物でも、手入れをする人によって、その姿は大きく変貌していく。大きく奔放に育てる人もいれば、小さく切り戻して作っていく人もいる。そこが一つの面白さであり、盆栽はその人を表すと言われる所以だ。

 そして、大切に育てて貰うことができれば、200年300年先まで生き続けるのだ。盆栽ならではの表現として「席(せき)」と呼ばれる空間の単位がある。盆栽自体だけでなく、その空間のどこにどうやって配置するかを考えることで、そこにないものまで想像させるという点が重要なポイントとなる。

 鉢植えでは、植物の生長に合わせて鉢の大きさを一回り大きくしていくが、盆栽では明確に目指す樹形があるため、鉢は植木よりも小さい傾向にある。また大きさのみならず、形や色合いについてもその樹に合ったものを選ぶことも醍醐味のひとつである。

 とにかく、盆栽は奥が深いと言える。

(令和6年4月24日 18:55)

真柏
黒松
皐月

協力御礼訪問

 本日9時、谷口会長と恒川筆頭副会長の二人で、町社会福祉協議会事務所と町文化センター事務所を訪ね、昨日の総会への支援・協力への御礼と撤収の際の不手際などについてお詫びした。

(令和6年4月24日 13:30)

総会挨拶

 会長挨拶
 
 みなさん こんにちは

 ご出席ありがとうございます。

 木谷三郷町長と生駒郡連合会の松井会長を来賓にお迎えし、五年ぶりに総会が開催出来ました事は大きな慶びです。

 お二人には、ご多用のところご臨席を賜りまして、まことにありがとうございます。心から感謝を申し上げます。

 さて、コロナ禍は完全に一掃されたわけではありませんが、ほぼ元の生活に戻られたでしょう。体調の事とかさまざまな阻害要因もおありでしょうが、百花繚乱の清々しい季節、おうちに閉じこもらず可能な限り外へ出ていただきたいと思います。

 地元の支部におかれましても、今年度はいろいろな行事を企画しているでしょう。本連合会でもさまざまな取り組みをしていきます。会員のみなさんの積極的なご参加を望みます。

 みなさんにとりまして、また三生連にとって、令和六年度も輝かしい一年にしていきましょう。

 甚だ簡単ではありますが、開会の挨拶といたします。

(令和6年4月24日 12:35)

谷口 会長
恒川 副会長
会長前列 松井 郡生連会長・辻顧問・酒井 毅朴会会長・後 谷口 会長

反省

 何事も最後の詰め、締めが大事だ。その点、昨日の総会は詰めが甘かった。すべて私の責任である。大いに反省している。
  概ねうまくいったのだが、印象として詰めの甘さばかりが心に残る。他の行事で、今回の反省を生かさなければならない。

(令和6年4月24日 5:59)

総会終了、大いに反省

 
 今年度の総会は約150名の出席で、盛会裏に終えることができた。「講演」も「余興」も、好評だった。参加記念品の「駄菓子セット」も。
 とにかく、何とか終える事ができたのも、役員・顧問の尽力と、町社会福祉協議会、文化ホール関係者等の協力・支援のお陰である。感謝に堪えない。

 大きな反省点がある。撤収の詰めがひじょうに甘かった点だ。設備・機器等の片付けが最後の最後のところで町社会福祉協議会の職員任せになってしまった。
 予定よりも早く終えた事が、逆に仇となった。撤収の役割分担に抜け落ちがあった。詰めを誤ったと言えよう。何事も最後の詰めが大事だ。
 長たる私の責任である。大いに反省する。

(令和6年4月23日 17:00)

軒下で

 今朝のラジオ体操は、そぼ降る雨に何処で実施しようか迷った。結局、自治会館の軒下で行った。意地の悪い雨である。何とか、午前中は止んでほしい。

(令和6年4月23日 7:10)

あいにくの雨

 あいにくの雨である。
 8:30~13時の間、止んでほしいが、そんなにうまくいくか。
 お天道様に願うばかりだ。役員・顧問は、8:30の集合である。

(令和6年4月23日 5:30)

最終準備

 本日の準備、スムーズに進まないところもあったが、何とか明日を迎えることができそうだ。天気は、あまりよくないみたいである。午前中は、降らないでほしい。しかしこれだけは……。

(令和6年4月22日 18:05)

前日準備

 総会が明日に迫った。これまで長い時間をかけて準備して来た。ただ内容によっては前日でなければ準備できないこともあり、今日は朝から17時まで何かと慌ただしい。
 役員・顧問のみなさんには、よくやっていただくと感謝に堪えない。町社会福祉協議会の駒田 局長補佐然りである。
 とにかくしっかりと準備をし、抜かりないようにしなければならない。

(令和6年4月22日 4:20)


会報「矍鑠」第27号

 本連合会の会報「矍鑠」第27号は、5月10日の発行だ。今号から編集長に復帰しているが、昨日で99%を仕上げた。今回は20頁となる(A4)。これまでで最多だ。出来れば、連休に入る前に印刷を終えたいと思う。

(令和6年4月21日 5:35)

認知症

 総会(23日)を前に扁桃腺を腫らし体調を崩していたが、昨夜は3日ぶりに風呂にも入り、7割程度まで回復した。
 「ラジオ体操会」を休み休養すれば(睡眠を十分に)早く回復しただろうが、そうはしなかった。私が一日休んだからといってほとんど影響は無いのだが、気持ちの上でそうはできない。
そういった気持ちがあれば、まだまだ「認知症」は遠くにあるのかなと思う。

(令和6年4月21日 5:30)


岡本

 小学校では、ソフトボールに熱中した。中学校でも、最初は野球部に入った。肘を痛め、断念し陸上競技に移った。
 プロ野球の話だが、子どものときは西鉄ライオンズのファンだった。稲尾和久投手に憧れた。小学校のとき、年賀状を出すと返事が返って来てうれしかった。
 基本的にアンチ巨人だったが、なぜ王選手だは好きで、監督になってからも応援した。今は球団として特に応援しているところは無い。気になる選手は、巨人の岡本選手だ。奈良県出身ということが大きい。へそ曲がりなので、皆が応援するような人気選手は好きになれない。昔は長嶋、今なら大谷など。
 岡本は開幕から好調だったが、この5試合ほど冴えない。ホームランでも打点でも、ヤクルトの村上を常に上回ってほしいと願っているのだが。

(令和6年4月20日 20:50)

扁桃腺炎

 扁桃腺を腫らし、3~4日前から微熱がある。咳はそれほどでもないが、鼻水が酷い。若い頃から扁桃腺が弱い。大事な時に高熱で失敗した例も少なくない。
 不調だとよいアイデアが浮かばないし、行動も遅くなる。当然だ。
 総会前の大事な時期である。早く元気を取り戻さなければならない。

(令和6年4月19日 4:55)
庭門から主庭
キリシマツツジ満開

参加記念品

 総会時に、出席者に配布する菓子が届いた。前日の22日午後に袋詰めをする。
 大阪柏原市の菓子製造会社に注文しているのだが、営業も配送も60歳前後の女性がお一人で担当すーされる。てきぱきとこなされる姿に大したものだと感心させられる。

(令和6年4月18日 14:35)

地震

 昨夜遅くに、愛媛県宇和島市沖(宇和海)を震源とする大きな地震が発生した。私の生まれ育った土地だ。
 早く寝る私は、朝4時に知った。「ラジオ体操会」から帰宅後、宇和島の従姉妹に電話をした。かなり大きな揺れで怖かったと。箪笥の上の物が落ちたりしたが、大きな被害は無かったと。私の家も大丈夫だと思う。ただ少し離れた所で、何軒も水道管が破裂したようだと……。
  ラジオ体操会でも何人もの方から「大丈夫でしたか」と声をかけていただいた。その後も何人もの人から、メールが入った。有り難い事である。
 被害の詳細は、これから明らかになってくるだろう。

(令和6年4月18日 14:25)

準備は早く

 片岡顧問が3月末をもって退任された。永年のご功績を労い総会時に感謝状と金一封を贈呈する。
 感謝状はオリジナルの文面で手作りする。立派な額も用意し、文面はかなり前に出来上がっていたのだが、肝心の用紙を求めようと本日近辺の店を回ったのだが販売していなかった。
 少し慌てたが、先ほどアマゾンで発注、明日届くことになった。滑り込みセーフといったところだ。もっと早くに購入しておくべきだった。
 いい加減な性格を、またも露呈させてしまった。

(令和6年4月18日 14:10)

総会出席申込者数

総会(4/23)出席申込者数

計 146名

比会員数 ベスト6
 緑ケ丘   65.0 %
 今 井   50.0
   東信貴ケ丘 50.0
 山 上         43.8
   城山台         28.6
   信貴ケ丘  27.4

        ワースト6
   勢野第5         2.9 %
   明 治           5.0
   いわせが丘   5.1
   立野北           6.3
   みさと           9.1
   三 室       10.6 

     
 

弔問

 一昨日、私のところの支部で、男性会員がお亡くなりになった。平均年齢が85歳を超えており、避けては通れないとは言え悲しい。享年93歳だった。
 体調がすぐれずここ3~4年行事には不参加だったが、お会いすると「毎月の会報を楽しみにしている」と笑顔で話された。
 家族葬だが、昨日、両副会長を伴って弔問した。

(令和6年4月17日 7:10)
 

雨上がり

 雨が上がり(一時的かも)、緑が一層映える。クルメツツジも八分咲きになった。モミジの新葉もそろって来た。
 今日は本連合会の「論語に親しむ会」だ。

(令和6年4月7日 6:05)

献身的な

 昨日の「総会」に向けての作業は、役員・顧問の献身的な尽力によりスムーズに短時間で終えることができた。会員のためにという尊い気持ちは、有り難いことだ。感謝申し上げる。

(令和6年4月16日 7:50)

総会資料

 キリシマツツジが七分咲きとなった。夕刻には、ほぼ満開となるだろう。
 今日午前中、本連合会「総会」の折に出席者に配布する資料の印刷をする。
 午後からは、役員全員で折と綴じの作業を行う。終了後、総会に向けての打ち合わせを。

(令和6年4月15日 8:15)

ホームページ

 「ラジオ体操会」に参加の米国人イーサンも、本連合会のホームページを見て貰っていると。何とうれしいではないか。会員諸氏も、もっと見てくれるといいのだが。
 写真は、昨年5月20日ごろ拙庭で撮影したものだ。今年も、昨年並みに期待できる。
 キリシマツツジは、明日くらいから見ごろに。

(令和6年4月14日 7:12)


昨春の拙庭(5月)
昨春のキリシマツツジ(5/15)

松山

 ゴルフ・マスターズ、松山はぎりぎり予選を突破したが、3日目は1アンダーと大きくは伸ばせなかった。上位はまだプレー中だが、現在30位台前半である。最終日は、伸ばして20位以内を確保してほしい。

(令和6年4月14日 5:20)

アイドル

 今朝の「ラジオ体操会」には、特別ゲストが訪れた。今月皆勤の米国人イーサンが長女ホーリーちゃん(3ヵ月)を伴って参加した。
 笑顔の可愛い子で、参加者(推定平均年齢84歳)の臨時アイドルとなり、「体操会」は和やかな雰囲気に包まれた。

(令和6年4月13日 8:30)

霧島と久留米

 霧島ツツジと久留米ツツジが、日曜日には見ごろを迎えそうだ。霧島の見ごろは3~4日、久留米はもう少し長く5~7日くらいだ。
 平戸ツツジも火曜日には、見ごろになるだろう。

(令和6年4月12日 17:05)
霧島ツツジのつぼみ
久留米ツツジのつぼみ

総会

 ゴルフのマスターズ(米国)が開幕した。日本からは松山と久常の2選手が出場しているが、最悪のスタートとなった。
 2日目以降の巻き返しに期待する。

 総会時の講演(酒井久夫氏)の演題が『老後を楽しく生きるヒント』と決まった。楽しみにしていただきたい。なお、参加申し込みは149名である。
1人という支部が3支部、会員比2割に満たない支部が2つもある。残念だ。私のところは、57パーセントである。平均年齢85歳(17支部中最高齢)の支部としては、まずまずだろうか。

(令和6年4月12日 10:40)

おとなりの

 夕陽ケ丘支部でも、西村氏(三生連副会長)を中心に朝の「ラジオ体操会」を開いておられる。一度、お伺いしたいと思うが同時間なので、公欠をとっていかねばならない。

(令和6年4月11日 4:50)

支部長の交代

 三室支部の支部長が、4月1日付で中尾 謹三氏から山口 明氏に代わった。

(令和6年4月10日 7:45)

花冷え

 今朝は「花冷え」と言うのか、息も曇るほど低温となった。「ラジオ体操会」にも、仕舞い忘れていた手袋が役立った。手袋をしていない人は、冷たそうだった。天気は快晴である。
 夜明けが早くなったので、「ラジオ体操会」に出掛ける前に、掃いたり徒長枝を摘んだりの庭いじりができるようになった。
 拙庭のモミジは、新葉がようやく開き始めた。ヒラドツツジも、3~4日で開花しそうだ。
 今日は支部の会報「燦燦」の発行日だ。

(令和6年4月10日 7:40)

花くだしの雨

 昨夕からの雨が、明け方近くにはかなり強く降った。昼前まで、断続的に降るようだ。「花くだしの雨」になるのか、持ちこたえもう少し楽しませてほしいが。

(令和6年4月9日 6:00)

会員数

 4月1日現在の会員数は、725名である。昨年4月から68名の減少だ(廃会2支部27名)。
 減少は残念だが、廃会の27名を除くと41名の減である。自然減もあるので、持ちこたえているとも言える。

(令和6年4月8日 21:45)

花見

 昨日は、12名による大阪狭山池での「花見の宴」だった。花は満開、天気は暑からず寒からずの上々。
 花見弁当は、狭山市在住の会員夫婦に準備して貰った極上の弁当だった。弁当の献立を何日も前から構想し、前夜は夜遅くまで尽力して貰ったのだろう。有り難い話だ。
 「学習会」の後の『花見』は10年くらい前から続いているが、「満開にピタリ」は初めてのことだ。会長が病の床であり、参加できなかったことをさぞかし残念がっていることだろう。
 ご快癒を祈念申し上げる。

(令和6年4月8日 7:40)

三連チャン

 ラジオ体操から帰宅後、家には入らずそのまま庭いじりをした。ケヤキ盆栽の芽摘みをした後、盆栽や庭木に水をやった。その後、南天の整姿を行った。その他いろいろと、2時間超。
 クルメツツジとキリシマツツジが、2~3輪開いて来た。昨日、大阪市庁横を通ったが、キリシマツツジがほぼ満開となっており美しかった。中之島公園の紅カナメ(カナメモチ)も新葉が開き、陽光に輝いていた。大阪市内は、三郷町と比べ5~10日は早い。
 今日は大阪狭山市での論語の「学習会」が終了後、「狭山池」で花見の宴だ。絶好の天気だし、大いに盛り上がるだろう。間もなく出発。昨日も大阪市内での論語塾の後、「飲み会」だった。三連チャンとなる。月曜火曜は、「休肝日」にしようと思う。

(令和6年4月7日 9:05)

向学心

 昨日の「中之島図書館 論語塾」今年度前期(受講申込者75名)の第1回、桜が満開の行楽日と重なり何名の出席があるか注目した。60名は超えるだろうと思ったが、結果は54名だった。
 予想を下回ったものの、私を含み55名の「素読」は圧巻だった。初めての方も15名以上居られたが、よく声が出ていたように思う。
 学びを「行楽」に優先した方、その向学心には頭が下がる。受講後、「花見」にいかれた方も多かっただろうが。

(令和6年4月7日 5:25)

サクラは満開

 随分と夜明けが早くなった。5時20分には、かなり明るい。今日は雲が多いようだが、最高気温は21度を上回りそうだし、明日は快晴で23度にも達するとの予報だ。サクラも満開に近づき、今日明日と「花見」に繰り出す方も多いだろう。私も明日は、大阪狭山市での勉強会の後、『狭山池』で花見の宴だ。勉強仲間のお一人が、ご夫婦で宴の準備を……。有り難いことだ。
 昨日は、現在闘病中で近々手術を受けられる仲間(本連合会の役員)の、「励ます会」を王寺駅界隈で開催、明るい笑顔で励ました。必ずや元気に戻って来られる。
 今日は「中之島図書館 論語塾」である。今年度1回目で、通算136回目だ。新しい仲間も20名が加わり(計75名)、受講者数は日本一だ。「内容も日本一」言われるように……。心して臨む。

(令和6年4月日 5:40)

バタバタと

 本日の支部長会は、運営に係わって開会前にバタバタとしたものとなり、スムーズさにほど遠いものとなった。情けない。すべて私の責任だ。大いに反省する。
 4/23の『総会』に向けては、今回の反省をもとにしっかりと準備しないとだめだ。褌を締め直す。

(令和6年4月5日 13:15)

前列左 辻顧問・右 南部監事

 遅れていた桜(ソメイヨシノ)の開花が、ここへ来て駆け足で進み七分咲きとなった。
 福祉保健センター横(役場前)のサクラも七分咲きとなり、目を楽しませてくれる。40年以上前を思い起こすと、信貴山上のサクラは3~4日開花が遅いのが普通だったが、今は下と変わらない。さらに驚くのは、長谷寺のサクラがすでに満開だと聞く。興味深い。
 この土日は、花見客が各地で溢れることだろう。

(令和6年4月5日 6:05)

支部長会

 本日10時開会で「支部長会」を開く。報告事項が8件、審議案件として「決算」など4件がある。
 開会に先立ち、「支部報告」「総会出席者数報告」の提出、「年会費」の納入をしていただく。好天のようなのでよかった。

(令和6年4月5日 4:50)

支部長会

 明日は、本連合会の最高議決機関である「支部長会」だ。「支部長会」の構成は、支部長と役員である。
 今日は、レジメなどの最後の準備だ。他にも、町や郡生連などへの報告文書の作成や「総会」の準備などがいろいろとある。現役のときよりも追われている気もする。しかし、飽くまでもボランティアであり、楽しくこなさなければと思っている。手抜きをしてもよいという意味ではない。
 やるべきことが多い事は、『ボケ封じ』にはもってこいだろう。

(令和6年4月4日 6:05)

素読(朗誦)

 大勢で『論語』を素読(朗唱)すると、実に気持ちがよい。晴れ晴れとした雰囲気を味わえる。幸せな気分に浸れる。
 本日の例会参加者の満足度は、90㌫を超えたのではないか。自画自賛と言われそうだが。
 6日は『中之島図書館 論語塾』、7日は大阪狭山市での『南河内照隅会』である。

(令和6年4月3日 20:25)

論語に親しむ会

 本日は、本連合会の「論語に親しむ会」(第126回)の例会が開かれる。3月の20日は、「春分の日」で休みとなった。約、一か月ぶりとなる。あいにくの雨だが、皆で『論語』を素読(朗誦)できるのが楽しみだ。

(令和6年4月3日 5:58)

町長を訪問

 15時に恒川副会長と共に町長室を訪ね、駒田 町福祉協議会局長補佐を交え、木谷 慎一郎 町長と話し合いを行った。
 私から本連合会の現況について説明し、幾つか要望をした。
 終始和やかな雰囲気で進んだ。有意義な訪問となった。

(令和6年4月2日 16:10)

役員会

 昨日は、午前に「役員会」を開き、5日の「支部長会」に向けての議案を精査した。
 「役員会」のメンバーだが、顧問のお一人が勇退された以外は、全員留任である。業務分担は、一部変更となった。

(令和6年4月2日 5:55)

四海波

 昨日は午後から曇ったが、今日は快晴が続きそうだ。最高気温は、20度を上回るかも知れない。
 拙庭のツバキ『四海波』が、今を盛りと咲いている。親木は45年くらい前に職場帰りに購入した苗だが、4㍍ほどに大きくなった。その子どもが、何本も立派に育った。写真は、子どもの木のものだ。絞りの美しい花である。

(令和6年4月1日 7:55 )

庭いじり

 午前中2時間、午後から1時間、草抜きや南天の剪定、水やりなど、庭いじりを3時間ほど行った。ハクモクレンの花がらは、98㌫が落ち切った。
 午後から曇ってきたが、明日も晴れるようだ。いよいよ4月だ。10時から新年度第1回の「役員会」を開催する。

 3月の「ラジオ体操会」の皆勤者は、6名だった。

(令和6年3月31日 17:00)
今朝の拙庭『蓮路苑』

青春の思い出

 昨日は役員三人で、「三生連春のハイキング」(5/13)の下見として『桜井』駅から三輪神社経由『巻向』駅までの「山の辺の道」を歩いた。
 約8㌔の行程だったが、春の陽光が降りそそぐ中、とても清々しい気分に浸った。あちらこちらで、早咲きの桜が迎えてくれた。少し残念だったのは、黄砂の影響で遠望は霞んでいた。

 「山の辺の道」は、約45年ぶりだった。F工業高校に勤務していた時、3年生のときの遠足で、クラスの生徒を「山の辺の道」に引率した。
 国鉄「王寺駅」前に集合し、当時「三室」だった拙宅に寄った後、天理まで歩き、「石上神宮」から山の辺の道を通って、明日香「石舞台」へ、そして「橿原神宮駅」で解散という行程。45㌔であり、四分の一はジョギングだった。生徒たちはヘトヘトで、「橿原神宮駅」では這っていた者も。
 当時から遠足はクラスごとだった。「遠足」とは名ばかりで、「長い距離を歩く」などはほとんどなかった。この遠足は、文字どおりの「遠い足」となった。
 「卒業式文集」では、一人以外は全員がこの「遠足」の思い出を記した。強烈な印象として遺っているのだろう。
 「気力・体力・根性」で負けるなと徹底して教えたので、学年10クラス中、勉強も体力テストも1番、鉄の団結力だったので体育祭も文化祭でも、他の追随を許さなかった。20歳代での、懐かしい想い出だ。

(令和6年3月31日 9:40)
久延彦神社のサクラ

ツツジ

 4月10日過ぎには咲き始めるクルメツツジ、20日頃となるヒラドツツジなどは、蕾が大きくなりクルメなどは色づいて来た。
 サツキも例年並みには咲くだろうと思う。これから蕾がグングンと……。サツキの最盛期は、5月20~25日頃である。一年間の手入れの成果が、楽しみだ。
 写真は一昨年と、8年前のものだ。クリックすると、写真は拡大される。


(令和6年3月30日 5:30)
2年前 5/20頃
8年前 5/20頃
今朝の庭

黄砂

 ラジオ体操の帰りの際に雨脚が強かった。ラジオを濡らさないようにと特大の傘を使っているのだが、それでも体は濡れた。
 9時ごろには止むようだが、今日は「黄砂」が強く流れて来ると聞く。昼間は強く降って、「黄砂」を落として欲しいと願うのだが。
 このところの雨で、ハクモクレンの花はほとんど散った。今年、拙宅のハクモクレンは異常に花が少なかったので、今年の清掃は楽だった。

(令和6年3月29日 7:25)

強い雨が

 現在、かなり強い雨が。もうすぐラジオ体操に出掛けるが、小降りになってほしい。でないと、ズボンがボトボトだ。
  今日は午後から、「生駒郡生き生きクラブ連合会」の役員会が安堵町で開かれる。午前中は、三生連事務所で執務。

(令和6年3月29日 5:55)

顧問退任

 本連合会顧問の片岡雅基氏が3月をもって退任される。片岡氏は、会長を4年・顧問を11年・副会長を1年の16年にわたって「三老連」「三生連」のために尽力された。
 昨年「卒寿」を迎えられたが、いつも矍鑠とされたお姿は、私たちの憧れの的であった。「引き続きお願いします」と慰留に努めたが、叶わず残念である。しかし、カラオケ同好会「さけび」の代表は引き続き担っていただける。
 これまでのご功績に対して、本連合会を代表して心から御礼を申し上げる。なお、4/23の総会において、感謝状を贈呈する事になっている。ますますのご健勝を祈念する。

(令和6年3月28日 20:45)
卒寿の祝宴 前列中央片岡氏

日本瓦

 昨日は、ある有志の会の例会があり、橿原市八木にある『重要伝統的建造物群保存地区』である今井町を訪ねた。
 よくご存知だと思うので(三生連の社会見学でも訪れた)詳しい説明は省くが、春の陽射しに輝くいぶし銀の瓦を見るだけでも、田舎育ちの私は心落ち着く。やはり、「日本の家屋は日本瓦でなくては……」と思ってしまうのだ。
  4/1に役員会を開く。そのレジュメづくりに勤しんでいたが、ようやくほぼ出来上がった。10種類ほどある。明日は、人数分プリントアウトしなければならない。「少しは会員のために役立っているだろう」と思いながら精を出している。

(令和6年3月28日 20:10)

ハイキングの準備

 一つの行事を企画・運営するのには、大きな労力を要する。

 現在、萬治 仙明理事が中心となって、「春のハイキング」の企画をしている。町図書館に通ってガイドブック等を何冊も読まれたり、2回にわたる下見など、奮闘されている。念には念を入れるため、30・31の土日には、3回目の下見も予定されている。
 ぜひ一人でも多くの方のご参加を賜りたい。

(令和6年3月28日 7:45)

 

役員会

 4/1に役員会がある。役員会で4/5の支部長会に提案するものを協議し整理しておく必要がある。
 30日・31日が土日であり、福祉保健センターが休みのため事務所が使用できない。29日までに準備を終えなければならないので慌ただしい。
 昨日、会計監査を終えた。

(令和6年3月28日 5:45)

快晴

 昨日は、午後から猛烈な雷雨だったらしい。らしいというのは、昼前から大阪市内に出て、それも外へ出ることがなかったので、まったく知らなかった。
 本日は一転、快晴だ。ラジオ体操も、気持ちがよかった。仲間4人での会合があり、橿原の方にこれから向かう。

(令和6年3月27日 8:05)

孫の成長

 今月初めに卒業式を終えた埼玉県在住の孫が、昨日一人で帰省した。小雨の中だったが、すぐに一緒に墓参りをした。
 国立難関大に絞っていた大学受験がうまく行かず、再チャレンジすることになった。不合格の一報が入った際、「『高校三年間をきちんと総括し、何が足りなかったのか』『反省を踏まえ、これからの一年をどのように過ごすのか』などをしっかりまとめなさい」と話して置いたが、彼なりに「振り返り」ができていた。そのうえで、「不撓不屈」の気持ちで努めるとの力強い宣言があった。
 新幹線の車中、時間を無駄にしてほしくないと、スマホメールで『論語』に係る課題を与えたが、短時間であったにも拘わらず私が思った以上に学びを広げていた。高い向学心は私の妻に似たのだろう。私をはるかに凌駕している。
 部活動にも注力していたし、コロナ禍であったこともあり、奈良には5年ぶりだった。身長も180に近くに伸び、心身ともに青年に成長した。頼もしい限りだ。
 建築を専攻すると言っている。どのような方向に進むにしろ、努力する者の前途は洋々である。今回の挫折を糧にして、『不撓不屈の精神』で大きく羽ばたいてほしい。

(令和6年3月26日 5:15)

春のハイキング

 三生連の「春のハイキング」(5/13)は、「山の辺の道」を歩く。
 4/5の支部長会以降、参加募集する。いつものように支部長を通しての申し込みとなるが、多数の方のご参加を願う(申し込み締め切り4/25)。

(令和6年3月25日 8:15)

朝乃山

 大相撲春場所は、新入幕力士が優勝するという110年ぶりの偉業で幕を閉じた。
 ところで私の周りには、朝乃山ファンが結構多い。やさしい顔立ちが人気を呼ぶのだろうか。近畿大の卒業ということもあるのか。出身は富山だ。
 ご存知のとおり、わりとすんなりと大関に昇進したが、不祥事で6場所の出場停止となり幕下まで陥落した。出停も解け、実力もありまだ若いので数場所前から幕内に復帰している。今場所は前頭西の筆頭で9勝を挙げた。来場所は小結だろう。
 四つ相撲で均整のとれた体、上手をとるとかなり強い。しかし、何となく気迫に欠け覇気に乏しい。そういったところが取り口にでるのだろう、照ノ富士や豊昇龍などに舐められているふしがある。連敗中だ。昨日の対若元春戦なども、明らかに気迫で負けていた。6日目の熱海富士との取り組みでも、甘さがもろに出た。
 来場所は久しぶりの三役だが、気迫を前面に出した相撲で、優勝争いに加わってほしい。そう願うファンは多いだろう。

(令和6年3月25日 8:00)

差し違い

 思わぬ展開で幕を閉じた。尊富士が、まさかあそこまでの相撲がとれる状態だったとは。「救急車で運ばれた」の情報に惑わされた。
 それらは別にして、とにかく尊富士の優勝を称えたい。天晴れだ。
 残念だったのは、結びの一番、木村庄之助の「差し違い」だ。「差し違い」を生起させるほどに際どい土俵際ではなかった。当然、協会理事長に「進退伺」が提出されるであろう(形だけのものだが)。千秋楽結びの一番の「差し違い」は、前代未聞である。大いに反省をしていただきたい。

(令和6年3月24日 17:45)
隆の勝と恒川 本連合副会長

大相撲新時代

 報道では、貴景勝の14日目からの休場理由について、13日目の対琴ノ若戦で大胸筋を傷めたことと以前からの頸椎痛の悪化としている。
 12日目の対若元春戦でまったく力なく敗れたことを考えると、11日目の対大の里戦で頸椎痛が悪化したとしか考えられない。
 どちらにしても休場力士は千秋楽パーティーには出ないので、2年続きでの欠席となる。楽しみにしていたのだが、そういうことで私も欠席することとする。
 しっかり療養に努め、5月場所で元気な相撲を見せてほしいが、頸椎痛ということ、そして頭で当たってからの押し相撲ということで、ひじょうに厳しい状況に追い込まれている。考えた
くはないが、「引退」が近いかも……。
 大の里は、今日勝てば12勝で優勝、来場所は三役に。先場所は、新入幕で11勝。来場所、13勝以上で優勝もしくは準優勝となれば、一気に7月場所(名古屋)は大関ということも十分考えられる。
 さらに稽古量を増やし、下半身・上半身とも鍛え、尊富士のような体に近づけば、来年初場所には『横綱』ということも可能性としてはあり得る話だ。照ノ富士は引退するであろうし、琴ノ若の横綱昇進も近い。尊富士の大関昇進も。
 大相撲も新しい時代に突入していると言える。
 

不運の尊富士

 尊富士(たけるふじ)は足(脚)を傷めた。千秋楽、土俵に上がれるのか。もし上がれたとしても、まともに相撲はとれないだろう。相手が豪の山というのも不運だ。
 勝てば優勝が決まるが、出足があるので残せないだろう。
 負けて大の里が勝てば、優勝決定戦になるが、一日2番は無理だろう。
 貴景勝の休場は予想できた。12日目の相撲を見れば、ケガの状態が重篤なことは明らかであり、13日目に琴ノ若に勝てたのは奇跡だと思う。
 優勝の予想はひじょうに難しいが、大の里の新入幕2場所目の初優勝の可能性が高くなったと見ている。

(令和6年3月23日 21:10)

満足感と充実感

 快晴だ。気温は低いが、風が無いので気持ちがよい。
 ラジオ体操から帰って盆栽に水をやった。ついでに地植えの植木たちにも。朝陽を浴びて輝く樹木たちから喜びの声が返って来た。サツキを含むツツジ類は、みな元気だ。今年の花も期待できる。手は冷たかったが、満足感と充実感にしばし浸った。
 「庭いじり」という趣味が持てて、幸せだ。

(令和6年3月22日 7:45)

国際化

 天気はよさそうだが、今日も寒い一日になりそうだ。
 昨朝の「ラジオ体操会」には、近所に移り住んで来た若い米国人(男性)が参加した。つい最近道路で出会い、「よかったら参加しないか」と誘った。ナイスガイだ。
 ラジオ体操は初めてというのに、なかなか上手だった。終わってから聞くと、米国の小学校や中学校で「体育」を教えていたと……。
 ラジオ体操会も「国際化」してきたと喜んでいる。


(令和6年3月22日 5:10)

開花最速日本一

 私の生まれ育った故郷 愛媛・宇和島市は、これまで何度もソメイヨシノの開花最速日本一を記録しているが、最近は東京や高知などの後塵を拝していた。
 ところが、3月16日に開花宣言をしたと。つい先ほど知った。例年より3日早いそうだ。
 久しぶりの最速開花、トップ奪還で気をよくしている。

(令和6年3月21日 20:20)

氷が

 早朝、真冬並みの寒さだった。明朝も同様との予報だ。昨夕は霰や雹が降った。ラジオ体操をしている自治会館広場の、窪みに溜まった水が凍っていた。3/20を過ぎて氷が張るというのは、例年に無いことだ。  
 私は「地球温暖化」説に異議を唱える学者に賛同する立場だ。我が意を得たりの思いでもある。欧米でも、「寒冷化」の実態は少なからず見られると聞く。
 盛夏の最高気温は子どものときに比べ確かに高くなっているが、年間平均気温は地球温暖化と騒ぎ立てるほど高くはなっていない。

(令和6年3月21日 8:20)

辛抱する

 貴景勝の昨日の相撲は、引いてしまった。大の里の圧力が強かったのだろうが、まともに引いてしまった。
 「突き落とす」と「はたく」も同様だろうと思われるだろうが、「引く」というのは自分の陣地に相手を呼び込んでしまうからダメなのだ。姿勢も立ってしまう。
 とにかく、相撲は「引いたら負けだ」。引かずに辛抱して対処する。相撲において対処とは、「押す」「突っ張る」「押っつける」「前まわしを狙う」など、『辛抱する』『堪える』ことに尽きる。
 そういった視点で、『相撲』を見てほしい(ぼーっと眺めるのではなく)。『辛抱する』『堪える』、人生にも通ずることである。

(令和6年3月21日 5:15)

優勝予想

 尊富士(たけるふじ)には、毎日驚かされる。相撲をご覧になっている読者諸氏は、同様の思いだろう。
 予測しにくい状況だが、敢えて予想すれば、13勝2敗で尊富士の優勝だろう。

 本日は、50回目の〇〇記念日だった。
 ヤオヒコ内の魚屋の上にぎり(1400円税込)とワインでささやかなお祝いをした。時折、この「上にぎり」を購入するが(夕刻には売り切れるらしい)、いつも無茶苦茶おいしい。寿司屋で食すると、4千円は下らないのでは……。ぜひご賞味あれ。

(令和6年3月20日 21:30)

墓参

 早朝から雨だ。ラジオ体操も自治会館内で実施した。予報では、15時頃まで断続的に降るという。国旗も、雨のかからない所に掲揚している。
 墓参りにまだ行けていなくて、本日、予定している。一昨日でも、昨日でも行けたのに、遅くなってしまい今日の雨である。
 子どもの頃、両親やおじやおばから、「何を置いても先ずは墓参りだ」と言われた。そのとおりである。今回、後回しにしてしまったことを悔いている。

(令和6年3月20日 8:15)

大相撲観戦

 年6回の大相撲本場所が開催されている期間は、テレビ観戦で午後からは何も手につかない。大分前から、テレビ放送は13時からの開始だ。それも鮮明な4K放送で。
 毎日13時からテレビ桟敷に着いている訳ではないが、好きなようにテレビ観戦ができるこういう生活が送れることに感謝している。有り難いことだ。
 そして、よんどころない用事で見逃した一番も、後からインターネットの動画放送で好きなときに見ることができる。十両の取り組みまでも。便利な世の中になった。

(令和6年3月19日 19:00)

尊富士10連勝

 大の里と尊富士の一戦、まさかの結果となった。新入幕が初日から10連勝、大鵬以来だ(大鵬は11連勝)。
 明日は琴ノ若に挑むが、琴ノ若もここ数日、ひじょうに厳しい相撲をとっている。よもやとは思うが、「とってみなければ分からない」のが相撲である。明日勝てば、新入幕力士が優勝という史上初の偉業となる。
 恥ずかしく情けない相撲をとったのは、豊昇龍である。腹立たしいので詳細は記さないが、この力士は時折こういう相撲をとるのだ。
 貴景勝の明日の相手は、大の里だ。正々堂々と退けてほしい。そうしてくれるだろう。

(令和6年3月19日 18:10)

「和た与」

 「和た与」のういろ餅

 近江八幡を生まれ故郷とされる友人から、老舗菓子輔『和た与』の「ういろ餅」を土産に貰った。これまで何度もいただいている。とても味わいのある餅菓子だ。
 友人の話では、名古屋の「ういろう」が有名だが、近江八幡が本家本元であると……。

 「ういろ餅」は、米どころ近江の美味しいお米だけを使い、柔らかな食感が身上である。職人の技術で米粉に空気を含ませ、セイロで1時間蒸し上げることで、噛むほどに味わえるもっちりとした味わいを作り出すという。

 香り高い宇治抹茶と白、そして、黒糖の中でも最上級と言われる沖縄波照間島産の黒糖をふんだんに使用した「黒ういろ餅」がある。今回いただいたものは、宇治茶と白だった。

 蒸しあげたものを冷ましてからは、三味線の糸を使い手作業で切り分けていると。季節やその日の天気に応じて、材料のさじ加減を微妙に調整して作られる。ざらめを熱して溶かした蜜を冷ましながら、米粉を入れるタイミングが難しく、その日の気温や湿度によって時間や火加減も微妙に変えながら、一つひとつ手作業で作り上げると聞く。

 今朝、ほうじ茶を飲みながら食したが、もっちりとした味わいで至福のときを過ごした。

 『和た与』の商品としては、「でっち羊羹」が「ういろ餅」と並んで二枚看板である。「わた与」では、文久三年の創業以来、「でっち羊羹」発祥の店として、変わらぬ工程を守り続けていると聞く。

 海のない近江では手に入りにくかった寒天のかわりに、小麦粉をつなぎに使用した羊羹である。十勝産小豆のこし餡と、砂糖、小麦粉を練り合わせ、上質の竹皮で手包みしたのちにじっくりと蒸し上げている。以前、一度食したが、その竹皮の香りをまとった上品な餡は、小豆の味を引き出すあっさりとした味わいであり、懐かしさを感じる素朴な甘さだった。

 日々一定ではない気温や湿度、竹皮の厚みなどにより、練り加減や蒸し加減、包み加減を、職人の手によって微調整しているらしい。天然の竹皮を使っているため、一つひとつの包装も同じものが無い。これらが一体となって、銘菓を形造っているのだろう。
 読者諸氏も、ぜひ一度『和た与』の「ういろ餅」と「でっち羊羹」をご賞味あれ。

(令和6年3月19日 8:15)

名前

 今朝の購読紙の『人生相談』欄に、「名前に不満 心閉ざす息子」という記事が。
 20代半ばの息子が、「なぜこの名前にしたのか。将来、馬鹿にされるとは思わなかったのか」と。相談した母親は「何となくいいと思った。かっこいい名前と思った」と答えたが、言い争いになったようだ。
 回答者は、「彼の親離れととらえてみたら。親離れには親の子離れが必要だ」と。
 我が家の二人の娘の場合は如何だろうと振り返る時、私主導で妻も納得して名付けた。父や母に相談することは無かった。私たち夫婦の責任で、その時点で考えられる最高のものを名付けたとの自負がある。娘たちも、大いに気に入ってくれている。
 私自身については、「気に入らない」とか「満足している」などの思いはなく、父や母に対してただ「ありがとう」の気持ちである。

(令和6年3月19日 5:45)

取り組み編成

 大の里と尊富士の勢いは止まるところを知らない。
 しかし、日々の取り組みを司る「審判部」は、無粋なことをしてしまった。明日10日目の取り組みに、大の里(1敗)・尊富士(全勝)戦を組んだのだ。 
 早過ぎる。12日目くらいでよかったと思う。前頭の力士が独走するのを阻止しようとする試みとしか思われない。だが、それよりも先に上位力士と戦わせることを考えるべきだと思う。
 明日、大の里が尊富士に勝てば、大の里が優勝する確率も高くなる。大関・関脇は、これから星のつぶしあいになるからだ。実力的には琴ノ若の優勝が順当と思われるが、「一寸先は闇」の状態だ。
 私としては貴景勝の優勝を望むが、そうは問屋が卸さないだろう。ただ明日勝てば、10勝をあげる確率は随分と高くなる。
 とにかく、一日一日、目の離せない状況が続くことは間違いない。
 一つ気になることがある。アナウンサーが、「カド番大関の〇〇」「カド番脱出まであと何勝」という表現を何度も何度も繰り返すことだ。つい「黙れ!」と言いたくなる。視聴者は、言われなくとも分かっている。何となく言っているのだろうが、何度も何度も繰り返すのは、力士に対して、失礼極まりない。
 大いに反省すべきだ。

(令和6年3月18日 21:50)

添削

 20代後半から30代はじめにかけて少し『文章修行』をした。であるから、「書く」ことは苦にならない。これまで、著書は山の紀行文・小説・随筆集・教育関連・論語に係わるものなど20冊を超えた。
 そういったこともあり、知り合いから「添削してほしい」と頼まれることが少なくない。頼まれれば断れない主義であり、精一杯添削に務めることになる。
 添削したものを依頼者にお返しすると、相手の態度は「ありがとうごさいました」と言われる方と、何かしら不満げな態度を示される方の、大きく二分される。
 後者の方は、概して添削に大きな労力を要する方が多い。頼まれた側からすると、それなりに時間を費やして添削したのに感謝の念が薄いと、人間ができていない私は「二度と引き受けない」とつい思ってしまう。未熟なのである。読者諸氏は、そういうことはないだろう。
 そうした「不満を示す」方に言えることは、自らが書かれた文章と添削したものとを見比べるという作業(向上のためには、これが必須)を怠っている場合がほとんどだ。
 そういった方は、しばらくすると例外なく「添削してほしい」とまた頼みに来られる。「二度と……」と思っていても、依頼されれば断り切れずに引き受けてしまうのである。

(令和6年3月18日 16:15)
 

ハクモクレン

 どこでもハクモクレンの花が見ごろだ。我が家のハクモクレンも5㍍以上に大きくなり、シンボリツリーと言ってもよい。毎年、花を楽しみに遠くから人が訪れるほどである。
 そのハクモクレンの花数が、極端に少ない。例年の1割ほどだ。原因は不明である。樹勢は悪くない。
 ここ40年、このような事は無かった。悲しいかぎりである。
 来年は今年の分までしっかり咲かせたいと思うのだが、原因が不明というのは心許ない。

(令和6年3月18日 15:45)

休刊日

 今日は朝刊の休刊日だ。
 国際金融機関、米国民主党や中国共産党による内政干渉により、真実を曲げた報道も少なくないのだが、休刊日というのは少し残念だ。
 ハクモクレンの花などには嫌な雨となったが、ツツジ類などには恵みの雨となった。
 天気予報を参考に、今年2回目の薬剤散布(害虫予防)のタイミングを探りたい。
 墓参りも。

(令和6年3月18日 5:30)

常盤山部屋

 大の里と尊富士、いよいよ明日から番付上位者との対戦が始まる。大いに期待する。
 隆の勝は常盤山(ときわやま)部屋の所属であり、以前から応援している。何とか勝ち越してほしいのだが。
 貴景勝が10勝をあげ、隆の勝が勝ち越せば、常盤山部屋の千秋楽のパーティーに参加するつもりだ。二人が達成する可能性は五分五分か。

(令和6年3月17日 20:45)


不撓不屈

 不撓不屈(ふとうふくつ)

 

 どんな困難やしょうがいをも乗り越える強い意志をもっているさま。

 

 「撓」は、木の枝などがたわむ。転じて、くじける。「屈」は、主義主張などをむりに押さえ込む。「不屈不撓」ともいう。

 

 出典は、『漢書かんじょ』 
 漢書の「叙伝第七十下」の中に登場する、楽昌侯となった王商という人物の、しっかりとしたどんなことがあっても揺るがない人柄をあらわすのに、不撓不屈は使われている。

 

 類語  「独立不撓」「百折不撓」

 

 「不撓不屈」という言葉が広く知られるようになったのは、平成の大横綱と言われた貴乃花が大関昇進の際に「不撓不屈の精神で相撲道に精進いたします」と口上を述べた時からとも言える。このころ相撲界では大関や横綱への昇進の時に、少し難解な四字熟語を使った 口上を述べることが流行っていた。

 貴乃花は、口上の言葉に恥じない相撲ぶりで、ファンを魅了したものだ。

 横綱昇進時には、「今後も不撓(ふとう)不屈の精神で、力士として不惜身命(ふしゃくしんみょう)を貫く所存でございます」と。

 

 不惜身命  仏道のために身も命も惜しまないこと。身や命をささげて惜しまないこと。身を顧みないこと。

 

 私の贔屓力士 貴景勝の大関昇進時の口上は、「謹んでお受けいたします。大関の名に恥じぬよう、武士道精神を重んじ、感謝の気持ちと思いやりを忘れず、相撲道に精進してまいります」であった。

 貴景勝の「景勝」は、戦国の武将『上杉景勝』からとった。

 

 参考  グー辞書  マイナビニュース

 

(令和6年3月17日 13:30)

臥薪嘗胆

 臥薪嘗胆(がしんしょうたん)

 
 将来の成功を期して苦労に堪えること。
薪の上に寝て苦いきもをなめる意から。

 「臥」はふし寝る意。「薪」はたきぎ。「嘗」はなめること。「胆」は苦いきも。もとは敗戦の恥をすすぎ仇を討とうと、労苦を自身に課して苦労を 重ねること。

 

 誰もがよく知る故事成語である。

 紀元前5世紀の呉と越の国家間の戦争に由来する。この成語の現在確認できる初出は、「嘗胆」のみならば『史記』巻41越王勾践世家であるが、「臥薪嘗胆」と揃った形では蘇軾(1037年 - 1101年)の詩『擬孫権答曹操書』中の句「僕受遺以来、臥薪嘗胆』(11世紀後半に成立)に求められる。

 

 明治時代の日本において、三国干渉が発生した時に、ロシア帝国に復讐するために耐えようという機運を表すスローガンとして広く使われた。

 日清戦争の講和条約である下関条約では、一旦清国から日本への遼東半島の割譲が決まったが、ロシア・ドイツ・フランスの三国は、日本は清国に遼東半島を返還するようにと要求した。これを三国干渉(さんごくかんしょう)という。 

 この三国干渉に日本政府はやむなく従い、日本は清国に遼東半島を返還した。多くの日本国民は三国干渉に反発し、国民たちの間に「臥薪嘗胆」の言葉が流行して、特にロシアへの反発心が強まった。

 

 中国『十八史略』によると、紀元前6世紀末、呉王は先年攻撃を受けた復讐として越に侵攻したが敗れて自らも負傷し、まもなくその傷がもとで病死した。呉王は後継者の夫差に「必ず仇を取るように」と言い残し、夫差は「三年以内に必ず」と答えた。 
 夫差はその言葉通り国の軍備を充実させ、自らは薪(たきぎ)の上に臥(ふ)すことの痛みでその屈辱を思い出した(臥薪、この記述は『史記』には存在しない)。 

 間もなく夫差は越に攻め込み、越王勾践の軍を破った。勾践は部下の進言に従って降伏した。勾践は夫差の馬小屋の番人にされるなど苦労を重ねた。許されて越に帰国した後も民衆と共に富国強兵に励み、その一方で苦い胆(きも)を嘗(な)めることで屈辱を忘れないようにした(嘗胆)。

 その間、強大化したことに奢った呉王 夫差は覇者を目指して各国に盛んに兵を送り込むなどして国力を疲弊させた。また、先代以来尽くしてきた重臣を処刑するなどした。ついに呉に敗れて20年後、越王勾践は満を持して呉に攻め込み、夫差の軍は大破した。夫差は降伏しようとしたが、条件とした王への復帰を勾践が認めなかったために自殺した。

 

 私の母校愛媛県立宇和島東高校のボート部は、これまでインターハイや国体などで何度も優勝している。そのボート部の応援歌「思えば過ぎし」にも、『臥薪嘗胆』の故事成語が使われている。ボート部のみならず、全校の応援歌となっている。当然、甲子園でも歌われる。

 

「臥薪嘗胆」の類語

 辛酸をなめる

 「辛酸をなめる」の「辛酸(しんさん)」には、つらく苦しい思いという意味がある。その「辛酸」をなめることから、つらく苦しい思いを味わう、経験するという意味になる。

 捲土重来を期す(けんどちょうらい)

 「捲土重来」とは、一度失敗してもすごい勢いで盛り返すことを示す言葉である。「けんどじゅうらい」と読まれることもある。「捲土重来を期す」は、再起を期待するときに使うのが一般的だ。

 漆身呑炭(しっしんどんたん)

 「漆身呑炭」とは、仇を討つことや、復讐するためには苦しみや苦労をいとわないという意味を持つ。「臥薪嘗胆」と意味が重なるため、単純に置き換えて使うことも可能である。

 堅忍不抜(けんにんふばつ)

 「堅忍不抜」とは、何があっても動じずじっと我慢し、堪え忍ぶこと。

 

「臥薪嘗胆」の対義語

 再起不能(さいきふのう)

 「再起不能」は、病気が治る見込みがないという意味。転じて、失敗や挫折から立ち直れない状態の表現として使われることもある。

 一蹶不振(いっけつふしん)

 「一蹶不振」は、失敗や挫折をして再起できないという意味。「蹶」はつまずく、「不振」は勢いがなくなる様子を表す。


参考  ウィキペディア、コトバンク他

(令和6年3月17日 4:40)

尊富士

 

 新入幕の尊富士(たけるふじ)が、ただ一人7連勝の勝ちっ放しだ。立ち合いにスピードがあり、相撲に勢いがある。上背はそれほどでもないが筋骨隆々、発達した肩の僧帽筋は隆の里(元横綱・故人)を彷彿とさせる。千代の富士が苦手とした、あの隆の里だ。
 明後日9日目あたりから前頭上位との対戦となるだろう。楽しみだ。早い時期に、大の里との対戦が組まれるかも……。

 霧島の今日の相手は苦手とする隆の勝だったが(今日の一番を含め、1勝10敗)、為す術も無く5敗目を喫した。明日から休場の可能性も高い。気力の充実しないあまりにもみっともない相撲は、ファンに対して失礼である。

 

(令和6年3月16日 18:50)

総会講演

 4/23の総会では、酒井久夫氏(毅朴会会長・南河内照隅会会長・大手製薬会社元財務部長)にご講演を賜る。演題は、「第二の人生を如何に生きるか」(仮題)だ。
 総会への出席は、各支部でとりまとめ中である。ぜひご出席いただきたい。なお、総会には新町長にもご来臨賜る。「生駒郡生き生きクラブ連合会」松井会長にも……。

(令和6年3月16日 4:35)

大の里

 照ノ富士4敗目、明日から休場だろう。霧島は、自分の相撲を忘れてしまっている。眼がうつろの状態だ。
 6日目にして、大の里の優勝が濃厚となってきた。入幕2場所目の優勝となると、史上初ではないか。8日目から上位との対戦になるかも知れない。恐らく、そうなるだろう。
 誰と対戦しても、先場所のように簡単に敗れることはないと思われる。

(令和6年3月15日 19:10)


三生連役員会

 本日の三生連役員会は、齟齬があり町福祉保健センター内の会場が確保できていなかったが、町社会福祉協議会のご厚意により研修室を使わせて貰った。町社協には感謝申し上げる。
 役員会は、スムーズに終えることができた。

(令和6年3月15日 15:55)

庭門新調

 庭門を新調した。新しいものに取り換える工事終了。二日を要した。
 三か月くらいは、インスタントラーメン生活だ。

(令和6年3月15日 15:50)

檜皮に苔が生え趣が
新調した庭門
苔むすには10年以上

役員会

 本日9時から町福祉保健センターで、三生連の役員会を開く。いろいろと協議するが、主なものとしては総会4/23の実施要領についてである。

(令和6年3月15日 8:00)

王鵬

 「王鵬」が照ノ富士を破り、初の金星を勝ち獲った。
 大鵬の孫、期待の星、この相撲が大化けのきっかけとなるとよいのだが。何度も動画を見直し、「いい相撲だった」と悦に入っている。

(令和6年3月14日 19:10)

庭門

 庭門が拙庭のポイントのひとつとなっている。木と竹と檜皮の醸し出す雰囲気に約20年と年期も重ね、私のお気に入りだ。檜皮は、見事に苔むしている。
 最初の施工に問題があり脚もとから朽ちて来て、台風などで倒れるかも知れないという状態だ。
 すごくいい感じなのに残念だが、本日新しいものに取り換える。大枚を要するし、何より「侘び寂び」の点で一からのやり直しとなるのが残念だ。
 明日の本欄で、現在の門と新しい門の写真を掲載したいと思っている。

(令和6年3月14日 8:15)

遠藤

 「遠藤」の衰えが目立ち、初日・二日目と覇気に欠ける相撲でがっかりしていた。だが、昨日今日と見違えるような気力漲る相撲をとった。
 能登地方の人のためにも、全力相撲をとってほしい。同じ石川県出身の「大の里」は、4連勝を飾った。

 4連敗の霧島は、明日から休場するのだろうか。照ノ富士も2敗目を喫し、優勝争いは混沌としてしてきた。

(令和6年3月13日 19:15)

クロマツ

 ラジオ体操の際、時折り微かに雨が降ったが、今は陽も差してきた。今日はいい天気になりそうだ。本日は本連合会事務所の日直当番だ。専用のパソコンはあるが、インターネットの接続が出来ていないので不便だ。ITに堪能であれば、直接スマホから情報を取り込めるのだろうが……。
 何度も述べているが、拙庭のクロマツの調子がよく前庭で出入りする度に眼に入るので、否が応にも気分が晴れる。47年間誰の手も煩わせず、自らが手入れしてきたからなおさらなのだろう。

(令和6年3月13日 7:45)

総会案内

 15日付で総会(4/23)の案内を、支部長あて届ける。
 各支部で出席者をまとめ、4/5の支部長会で報告していただく。

(令和6年3月13日 5:10)

高安・阿武咲・大の里

 大相撲春場所、高安・阿武咲・大の里の好調さが光る。
 貴景勝は連敗はしなかった。今日も引かなかった。
 霧島は三連敗、歯車が狂っている。
 朝乃山は、今場所も照ノ富士に勝てなかった。これで七連敗だ。不甲斐ない。

(令和6年3月12日 19:35)

クラクション

 6時前から降り始めた。

 雨天時は自治会館内で体操を行うが、会館入り口のカギの入っている鍵ボックスはナンバー鍵だ。雨だとまだ薄暗く見えにくいのと、外国製だろう精度が高くないので開きにくい。視力が衰えているせいもある。
 とにかく、雨天時は何かと不便だ。本日は支部で毎月発行している会報「燦燦」(さんさん)第108号の発行日であり、副会長と二人で配布した。本来は10日の発行だが、土日をはさんだので2日遅れとなった。
 配布の途中、住宅地の狭い道路で後ろから来た車に強くクラクションを鳴らされた。6時55分前後の事だ。何をそんなにあわてているのか。車の免許を取得して55年近くになるが、この間、5回も鳴らしていない。それも軽く「プッ」といった程度だ。
 早朝から気分を損なった。

(令和6年3月12日 7:35)

阿炎に

 大相撲春場所二日目、貴景勝は阿炎に敗れた。
 引くなどの消極的な相撲では無かったので、まだよかった。立ち合い、頭から強く当たらなかったが、阿炎の立ち合いの変化を警戒してのことだと思う。首の状態は(頸椎)、思ったほど悪くはないように見える。ただ予断は許せない。
 大の里の出足の鋭さが光る。今場所も優勝争いに絡むかも知れない。

(令和6年3月11日 21:15)

阿炎戦

 昨日、苦手の朝乃山に勝った貴景勝、今日の阿炎(あび)戦に勝てば波に乗るだろう。が、あまり期待すると、以前のタイガースのように……。そっと応援しようと思う。

(令和6年3月11日 7:40)

 埼玉に住む孫が大学受験で、昨日は前期試験の発表日だった。
 結果は✖だった。
 どこを受けるのかも聞かなかったし、本人も娘も言わなかった。昨日、本人から、国内一、二の難関大(関西では最難関大と言われている)だったことを聞いた。塾へも通わずコツコツと……。部活動も1学期までは熱心にやっていた。昨日の落胆ぶりからして、かなりの自信はあったようだ。明日は、後期の入試。難関大を不合格になった者が集まるので、相当に厳しいだろう。私学などは、一切受けていない。退路を断って臨んでいるのだ。私の孫にしては、大した奴だ。
 第二志望に「合格」を貰っても、そこに決めるとは言っていない。悔いの残らぬように挑戦すればよいと思っている。
 「不合格を公にすることはないだろう」と思われる方も多いだろうが、そんなケチな料簡は無い。シェークスピアが「失意、逆境ほど身のためになるものはない」と何かで言われている。
 孫もそうあってほしい。

(令和6年3月11日 5:35)



すき焼き

 昨日は祝い事があり、夕食で「すき焼き」をした。
 「すき焼き」の調理法は地方によって違うし、各家庭でも異なる。数カ月前に何かで知った新たな「やり方」を、今回試してみた。これが大正解だった。これまで三重松坂や大阪の老舗店で食した事があるが、大袈裟だがこれらを凌駕した。おいしかった。妻も娘も同感だった。
 肉は近所のスーパーで購入したグラム700~800円の国産黒毛和牛(産地不明)を800㌘。三人でちょうどよい量だった。高級店で食すると、一人前150㌘くらいだ。追加を注文してしまう。となると、飲物代を合わせると2万円を超える。
 妻の話では、「すき焼き」代としては8,000円くらいだったと。もちろん、準備の手間や後片付けをしなくてもよいという利点がある。
 三人とも満腹で、用意してくれていたケーキは、今日食べることに。実は今、拙文を書きながら食べている。平群「道の駅」前の「スリール ダンンジュ」のケーキだ。これが無茶苦茶美味しい。けっして安価ではないが、価格以上の値打ちがある。
 このように記すと、贅沢三昧をしているように思われてしまうが、日ごろは慎ましくしている。ただケチケチ生活をして、子や孫に遺そうなどとはまったく思っていない。西郷南洲の『児孫のために美田を買うな』(一般には「子孫に美田を遺すな」と伝わっている)に共感している。
 「社会に出たら、自らが切り拓け」でよいのだ。遺すことはないのだ。

(令和6年3月10日 8:45)

卒業式

 昨日は関東に住む、高校に通う孫の『卒業式』だった。大阪府の公立高は2月末に終えるが、それに比べると少し遅い。
 娘や本人から写真が送られて来た。私に似ず細身ですらりと脚が長く、なかなか凛々しい。ふだんから服装に制約が無いようで、生意気にもダブルのスーツ姿。これがなかなか似合っている。
 大学入試の発表はこれからだが、夢や目標が明確なので頼もしい。これからもしっかり学び、世のため人のために汗のかける人間になってほしいと願うのである。

(令和6年3月9日 5:05)

グラウンドゴルフ大会

 本日9時から町中央グラウンドに於いて、本連合会の「グラウンドゴルフ大会」が開かれる。
 6時30分ごろから驟雨が降り心配したが、もう降らないだろう。出場者には、日ごろ鍛えた技を十二分に発揮していただきたい。私も開会式に出る。

(令和6年3月8日 7:30)

今後は

 これまでの「会長のつぶやき」と「会長のつぶやき2」は、容量オーバーか他の原因か不明だが不具合が生じた。今後は「会長から」を更新していく。これまで同様、お訪ねいただきたい。

(令和 6年3月7日 9:45)

「大した奴」

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